遺産分割における未亡人の逡巡

わが国を代表する大会社の幹部の相続をやらせていただいたときの話です。

さすがに超一流会社。現役時の高給や手厚い企業年金、さらには死亡時の各種の一時金等(保険金、給付金等)もあって、相続財産には広い自宅の他、1億円を優に超える金融資産が残されていました。それは亡くなられたご主人の、堅実な生活の結果ともいえましょう。

さて相続人は70歳代半ばの未亡人と子供二人(兄と妹)。長男はしっかりした会社に勤め、妹も堅実な先に嫁いでおり、二人とも生活には何の問題もありません。おまけに家族はこの上なく円満です。

さて三人による遺産分割です。兄妹の二人は「お母さんはこの先何があるか分からない。だから金融資産の大半を母さんが相続すべき。我々は特に必要ないのだから」と言います。ところがその母は、「私がそんなにもらっては申し訳ない。民法では半分といっているし…」として、これを受けようとはしません。こうした状況で数ヶ月が経過しました。これでは相続手続きが前に進みません。

そこで私が二人といろいろ話をし、その依頼により母の説得役を引き受けました。ここには特別な背景事情もなく、単に母が「自分のもらいすぎ」を気に病んでいただけだからです。

そこで次のようなことを母にソフトに伝えました。「二人は母思いのすばらしい子であること。母が金融資産を持ち続けるのは、将来的に安心であること。亡夫もそれを望んでいたであろうこと。仮に子が資金的に苦しくなれば、母が融資・贈与により助けることができること。母の資産は、最終的には二次相続により子に渡ること。民法のいう割合はまったく気にする必要がないこと。自宅等の遺産分割の工夫により、余分な相続税は発生しないこと等々」。

その上で最後に、「それが何より家族の円満を保つことができる」という点を強調しました。これらにより母の顔は晴れ晴れとしたものとなったのです。

遺産分割にはいろいろなケース・ドラマがあります。むろん遺産の奪い合いばかりではありません。それでも遺産分割は、当事者全員が心から納得した上のものが望まれます。そうした状況をつくるお手伝いができる税理士は、誇らしい仕事であると思うしだいです。