女性警官(25)へ痴漢をしたとして起訴された男性(26)へ、神戸地裁が無罪判決を出した。正邪を問わず警察の言い分がほとんどの裁判で頭から信用されてしまう中にあって、まことに喜ばしい判決である。

男性は、同僚警官と痴漢警戒中だった女性巡査の胸を、すれ違いざまに触ったとして逮捕・起訴された。しかし男性は「女性に気付かなかったためにぶつかっただけ」として、最後まで無罪を主張。この目撃者はいなかった。

判決はいう。「女性警官の証言を裏付ける証拠や目撃者がなく、証言に疑問を挟む余地がある」。「被告が手を上げて走ってきたが、体がすくんで反応できなかったというが、護身術を身につけた警官が防御等ができなかったのは不自然だ」。もっともな話である。

要するにこれは女性警官のでっち上げである。満員電車ならともかく、路上での接触であれば、偶然か故意による痴漢かは区別がつくはずである。この接触を「これ幸い」と事件に仕立て上げ、警戒中での痴漢摘発という実績にしたと考えるのが自然だ。

次に警察署の対応である。両者の主張を聞いていけば、どちらが正しいかはすぐ分かるだろう。まして男性は連日の取調に頑として否定しているのだ。一方、女性巡査をあれこれ問い質した際には、しどろもどろになったはずだ。

であれば直ちに男性に謝罪し、事件を終息させることは簡単にできたであろう。しかしどうやら警察は、事件発生時に男性逮捕をこれ見よがしにマスコミに流しているらしい。そうだとするともう引っ込みがつかない。一気に警察組織を上げて、捏造・冤罪コースへ突き進むことになる。

その後の検察にしても、男性を調べれば事の真相はすぐ分かるはずだ。しかし持ちつ持たれつで同じく冤罪コースを歩む。
実はこの男性は約20間も警察に勾留されていた。建前上は3日で釈放されるはずなのだが、検察が裁判所に勾留請求を出し、裁判所はその約99%を認めてしまう。

実は法律の定める勾留条件は、証拠隠滅と逃亡の恐れ等とされている。しかしこの男性を含め、そうした可能性の全くない普通の人が、みんな勾留されてしまう。これは、刑事司法がいかに法律を無視した存在であるかの一例である。

彼は無罪になった。一審有罪率99.9%の中で、その1,000分の1を勝ち得たわけだ。この無罪は、彼が勾留されていた約20日間、自白への厳しい追及に耐え抜いた成果といえよう。「自白」させられていたならば、裁判でこれを覆すことはほとんど不可能なのだ。

しかし何といってもこの無罪は、担当裁判官の勇気によるものである。今日の裁判所の状況下で、この当たり前の判決を出すことがいかに大変なことか。
多くの場合、検察の控訴による高裁で逆転有罪となる。すると検察を負かした格好の一審判事の人事考課がガタ落ちするのだ。だから裁判官は御身大事で、ひたすら検察を勝たせる。これが有罪率99.9%の真相である。

この無罪判決の与える影響は大きい。この事件のように、警察・検察が平気で冤罪コースを突き進むのは、これをやっても裁判所が有罪判決を出してくれるという「信頼感」があるからなのだ。
この信頼感を打ち砕くこの無罪判決は、今後の警察等に、「下手なことはできない」という警戒感を醸成させる。これが警察を糺す最大の効果を発揮するのである。

さて警察は、このでっち上げ巡査にどのような処分を下すのであろうか。これが非常に興味深い。むろん面子最優先の警察は、「お咎めなし」を選択する可能性も少なくないだろう。

最後に、この「インチキ痴漢」は、真に痴漢をされた女性にとって、痴漢被害を訴えづらくしたというかなり深刻な効果を世に与えてしまった。この点は肝に銘じるべきであろう。