相続における遺言書の役割

遺言と成年後見

 遺言作成が静かなブームといわれています。しかし遺言書の作成はお勧めしません。遺産の配分は、皆の納得の上での遺産分割が一番であると思うからです。

 私は仕事柄、遺言書のある相続事案を何件か経験しています。しかし概して遺言書の出来映えはあまりよくありません。おそらく相続人は、「もっといい遺産分割のやり方があったのに」と割り切れない気持ちでいたと思います。

 不出来の理由を考えてみます。まず「遺言を書こう」決心した以上は、おそらく何らかの「強い思い」があったのでしょう。しかしそれがえてして、「思いこみ」になっている可能性があります。であればどうしても全体への目配りが欠けてしまいます。

 遺言者は、遺言書の作成時期にはまだ元気です。「これらの財産は自分のものだ」と考えているでしょう。「これを皆に分けてやるのだ」とさえ思っているかもしれません。しかしこうした気持ちは、遺言書の内容に悪影響を与えます。

 すなわち皆が遺言書を開くときは、もう遺言者はいません。相続人達は既にこの時点で、「遺産は自分達のものであり、皆で相談してこれを円満に配分するのだ」という認識になっています。遺言による妙な指図は「大きなお世話」になりかねないのです。

 したがって遺言書作成に当たっては、これを開くときの各相続人(さらにはその家族)の気持ちを十分過ぎるほどに忖度して書く必要があります。しかし自分がいない状況を想定することや、各相続人の状況やその気持ちを的確に把握することは容易ではありません。これが遺言書の作成が難しい最大の理由であるように思います。

 遺言書の作成に関しては、弁護士や信託銀行に相談の上で作成するケースが少ないようです。しかしこうした外部の機関は、当然ながらビジネスで遺言業務を行っています。遺言に関しての相談があれば、とにかく作る方向の話となります。ともすると(相続人の気持ちはもちろん)遺言作成者の意図をも追い越すような形で作ってしまいます。もちろん例外もありますが、一般にこうした外部の機関が関与した遺言書の出来映えは、一層芳しくないように思います。

 一方、相続人全員の合意さえあれば、遺言書を無視した上で相続人による新たな遺産分割協議を行うこともできます。ただしその場合は、遺志を無視するという後味の悪さが残ってしまいます。

作成すべき場合

 「遺言書の作成はお勧めできない」は、家族が(多少のぎくしゃくはあるとしても)ほぼ円満な状況にある一般的な場合の話です。しかし次のような特有な事情がある場合には、遺言は是非作成すべきこととなります。

 最も必要性が高いのは特殊な身分(家族)関係にある場合です。まずは夫婦間に子がいないとき。この場合に夫が死亡すれば、妻は日頃疎遠にしていた夫の兄弟達と、遺産分割の折衝をするという辛い作業が必要です。この場合には「配偶者にすべてを相続させる」の遺言があれば一件落着となります(兄弟には遺留分なし)。

 婚姻届を出していない事実上の(内縁関係の)夫婦は、戸籍上は他人です。したがって遺言は必須となります。

 嫁入った先で夫の親と同居していたところ、子ができないうちに夫が死亡し、その後も高齢の親を扶けつつ同居を続けている、といった場合も遺言が必要です。義親が死亡すれば、相続人ではないこの嫁は、遺産に無縁な存在として放り出されかねないからです。

 この他、そもそも法定相続人がいない場合、推定相続人に行方不明者がいる場合、離婚や再婚を繰り返す等親族関係が複雑な場合、相応の資産家が高齢になってから再婚する場合等、身分関係に起因して遺言を必要とする場合は少なくありません。

 一方、個人事業を特定の者に継がせる場合にも、遺言が必要になってきます。事業関連財産は、たとえそれが遺産の大半であっても承継者に相続させるべきだからです。また、相続人ではない者に財産を遺そうとする場合も、遺言が必要になります。

 この他、親の介護が絡む場合、障害を有する子がいる場合、その他特殊事情が絡んで、あらかじめ財産の配分を決める必要のある場合も、遺言が必要となりましょう。家族内部に深刻な対立・もめ事がある場合は、その最たるものです。

 このように各種の事情が介在する場合は、遺言書は是非作成すべきです。しかも遺言は公正証書により、その内容を確実なものにしておく必要があります。


遺志の遺し方

 とはいえ「自分の財産はこう配分してほしい」という希望をお持ちの、「遺言適齢期」の方は少なくないと思います。

 しかしあくまでその「希望」は独りよがりのものであってはなりません。したがって財産分けに関しては、元気なうちに、「こう分けようと思っているがどうだろう」といった形で、配偶者等にソフトに提案することが現実的と思います。そしてその際に相続人の反応や考えをしっかり把握し、必要に応じて方針を微調整していきます。その上で最終的な結論を導き、これを正式な方針(希望)として皆に伝えておくわけです。

 この方針は書面にしておけばより明白となります。いわば法律的には無効の「自筆証書遺言」です。ですから書くスタイルは何でもいい。また法律的な効果もどうでもいい。要するに、相続人にその意志が伝われば十分なのです。

 書くに当たっては、近年一部に広まりつつあるエンディングノートが便利とおもいます。これは高齢者が、自分の遺志や遺族のためになること等を書き残すためのノートで、何種類かが市販されています。たとえば、自分への介護・終末医療・葬式等についての希望、遺産の内容やその所在(金融資産の明細や証券・印鑑等の所在)、また場合により簡単な自分史等を書き綴るもの。そしてその一環として、遺産分割についての自分の考えや希望を書き記しておくわけです。

 こうした遺志が明らかであれば、相続人はこれを尊重しつつ分割協議を行うことになります。これが「遺志」と「円満」とをうまく両立する一番の方法であると思うしだいです。

 それでも遺言が必要という場合もあります。そこで遺言書作成の留意点を述べてみます。

 遺言書の作成を要するときの背景事情は、さまざまなものがあります。したがってこれがそうした背景事情を考えた上での作成であることを、相続人全員に十分に納得してもらう必要がありましょう。

 さらにこの納得は単に理屈上のみならず、感情面でもこれを得たいのです。つまり有り体にいえば、「オヤジは皆のことをここまで考えていてくれたのか......」と、相続人を感動させ皆をホロッとさせるようなものとすべきなのです。

 それには、遺言書の文章が何より大切になります。とりわけ遺産配分を書き終えた後の「付言事項」の記載がポイントです。まずは自分の人生への相続人による支えに謝意を表します。その上で、なぜこのような分割をしたかに関して、自身の心情を相続人の心に響くように記すのです。この際、多少の作文もいいでしょう。

 なお、「やはり自分で書くのは自信がない。誰か専門家に相談したい」というのであれば、最近この分野に力を入れている行政書士や司法書士がいいと思う。理由の一番は、ここで述べたような認識も高いからです。また信託銀行や弁護士よりもトータルの報酬はずっと安いし、さらに弁護士等から受ける圧迫感が少ないのも大きな理由です。

 一生に一度の「相続人に残す遺志の表明」です。相続人の円満を基調としつつ、これをどのように遺すかは工夫のしどころといえましょう。

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