今、世の中には自粛ムードが蔓延しつつある。被災地のことを想えば、華やかな行事や行為は「不謹慎」というわけだ。

気持ちは分からなくないが、私はこうした考えに当初から大反対である。被災者のご苦労が頭のどこかにある限り、華やかな部分を含めた上での日常の生活を送ることが、さして不謹慎であるとは思わないからだ。

何より自粛ムードの蔓延は、ただでさえ苦境にある日本経済(とりわけ雇傭)に極めて大きな影響を与える。被災地への援助やその復興、さらには被災者の雇傭吸収等は、日本経済の活力が維持されてこそとなる。角を矯めて牛を殺してはならないのである。

その一方、「今は華やかな行為をする気にならない」という気持ちもあろう。また「やりたいのだが今は自粛するべき」という考え方もあるだろう。
このようにいろいろの考えがあって当然である。要するに各人の信じるところにしたがって行動すればいいのである(ただし「やたら自粛、何でも自粛」といった発想には、とても付いて行けない)。

さて、ここまでは「まえおき」に過ぎない。私が許せないのは、上野公園の「宴会については自粛のご協力をお願いします」という看板等である。ここでは例年用意している、花見用のゴミ置き場や簡易トイレ等の提供もしないという。
こうした動きは全国に広がっているようだ。井の頭公園は、アナウンスで「自粛や早めの帰宅」を呼びかけているという。であればこれは自粛ではない。「他粛」の強要である。

一体この上野公園等は何様のつもりなのだ。我々は公園管理事務所ごときに、道徳やモラルの指導を頼んだ覚えはない。まして「早く帰れ」など大きなお世話だ。
公園事務所は黙って例年どおりの準備をすればいい。そこで自粛するかどうかは、利用者が自由に判断することある(会社その他各種の団体が、その団体の都合や判断で、そのメンバーに指示を出すのも自由であろう)。

この思い上がりの背景には、役人特有の事なかれ主義が透けてみえる。つまり「この非常時に、なぜ花見の宴会などやらせるんだ」という抗議の声や、一部に生じかねない宴会での「らんちき騒ぎ」等に関して、公園事務所になされる筋違いの批判がいやなのだ。
公園事務所員も所詮公務員。彼らはこれらへの対処が面倒であるとして、「自粛」を口実に逃げてしまったのである(なお仮に、自粛指示が「上」からの指示であるとすれば、その「上」が批判対象となるだけの話である)。

しかし管理事務所である以上は、こうした面倒を含めすべて管理するのがその任務・職責のはずだ。にもかかわらず彼らは、その当然の職責を放棄することにより、一般の花見客の利用を事実上拒否する。そしてその隠れ蓑に、何となく批判しづらい「被災地のことを考え自粛する」を持ち出すのである。

それこそ今日、被災地の現場では多くの公務員が死にものぐるいで働いている。公園事務所の役人には、その爪の垢を煎じて飲ませたいものである。

桜の花見は、やっと春を迎えた日本列島を盛り上げる最大の行事といってよい。公園事務所の許されざる事なかれ主義が、この特大のイベントに大きく水を差してしまった。これが「自粛ムード」を一層蔓延させていることも、大いに頭の痛いところなのである。