江田五月法相は8日、特捜部での容疑者の取調べの一部につき、全過程での可視化(録音・録画)を指示した。これを受け笠間検事総長は、この指示を受け容れることを表明。「(特捜部に)積極的に取り組んでもらう」と明言した。

村木氏の冤罪・検察の証拠偽造事件を受けた「検察の在り方検討会議」の3月末の提言は、「玉虫色」というより他なかった。法相は「(この玉虫色の)一番きついところについて球を投げた」と語る。
さらには、「このくらいはやってもらわないと、検察の信頼回復の道筋はつかない」とも語気を強めたという(朝日新聞)。

いやこの決断には驚いた。まさに大英断。司法改革への意欲が感じられる。この点だけでも、彼は名法務大臣に名を連ねよう。
実は、裁判官上がりの二世として政界を渡り歩いてきた江田氏には、ほとんど期待していなかったのだが…。大変な失礼をしてしまった。

先の提言に関しての検察は、都合のいい一部だけの録音等に限定する方針だった。
しかし、法相の強い意志を感じたのであろう。検事総長ら最高幹部には、「全面可視化やむなし」の空気が急速に広がっていったという。「時代が変わった」とある幹部は語っている。

しかし次の発言にみられるように、これへの現場の反発は強いという。「全面可視化は、大衆の面前で話すようなもの。これでは容疑者は意識的に否認してくるだろう」。さらには「間違いなく起訴率は落ちるし、有罪率も落ちる」として、治安への影響をいう。

これらは難癖の類だ。全面可視化によっても、とりわけ強い守秘義務を有する裁判関係者が、肝心の部分のみを確認するだけのこと。これのどこが「大衆の面前で話す」ことになるのか
検察は以前から、このようなありもしないことを口実にして全面可視化を拒否してきている。

そもそも従来の検察の取調べは、検察官がイメージした犯罪に沿うような供述をとること任務としていた。検察が供述書を勝手に書いた上で、そこに署名させてしまうわけである。
署名を拒否した場合は、虚偽・脅迫その他あらゆる手法で強引に署名させる。たとえば、「親戚一同を参考人に引っ張るぞ。大切な取引先に捜索に入るぞ」。このよう脅されれば、通常は署名するしかなくなろう。

全面可視化がなされれば、こうした常套手段が取れなくなる。だから「起訴率は落ちるし、有罪率も落ちる」という話になる。そんな起訴率、まして「99.9%」などという有罪率は落ちてけっこうである。

ところで検察の中でも、現場のエリートが集まるとされる特捜部はより荒っぽい。なにせ大物政治家等を有罪に持ち込めば、大出世となる。
そのターゲットの典型が(検察を含む役人を嫌っていた)小沢氏である。そのために何人もの秘書を逮捕し自白を迫った。そこまで無理をしながらも、検察自体が小沢氏を起訴できなかったのはご承知のとおりである。

実は、検察の証拠偽造を招いた村木事件における真の狙いは、小沢氏側近とされていた石井一議員(むろん本命は小沢氏狙い)だったという。同議員が村木氏に不正を頼み込んだというストーリーである(手帳によりゴルフ参加というアリバイが判明)。
まさに恐ろしいばかりの特捜検察の暴走である(ちなみに私は小沢氏の支持者でも何でもない)。

法は人権の尊重や真実の発見等を定めている。しかし検察はむき出しの権力欲、さらには自らの力量不足や捜査の手抜きを粉塗するための、少なからぬ悪事(自白の強要から証拠の偽造や隠蔽等)を重ねてきた。
この全面可視化は、こうした検察の体質に大きな変化をもたらすものと思われる。またそれを強く期待する。まさに「時代が変わった」のである。

なお余談かも知れないが、こうした検察の「悪の体質」は、裁判所がこれらを無批判に容認してきたからこそのものと考える。裁判所が当たり前の審理・判断を行えば、このようなことはできるはずがないからである(むろんここに検察を弁護する意図はない)。
こうした「裁判所主犯説」は、今後も世に強く訴えていく所存である。