大阪地裁から本日(9月10日)の午後、検察庁によるでっち上げ事件の無罪判決が出される予定となっている。村木厚子元厚労省局長による、郵便料金割引きのための偽造証明書発行事件である。

この事件に関して江川紹子氏は、週刊文春の(判決前時点での)9月9日発売号で、「村木厚子元局長 検察に屈しなかった壮絶な454日」と題する検察への批判記事を3ページにわたり執筆している。
私は日頃、正義感の強い江川氏に大いに期待している。しかしこの批判記事はあまりにも生ぬるい。巨悪を白日の下にさらす絶好の機会にもかかわらず、江川氏ともあろう者が、どうしてこのような当たり前のことしか書かないのであろうか。

最初に検察庁や裁判所の実態を示しておく。何度でも書くが、検察が起訴した刑事被告人の一審有罪率は99.9%(最高裁の統計による)である。ちなみに被告人が「やっていない」と主張する否認事件の無罪率でさえ3%以下。とにかく無罪判決は出ないに等しいのである。
無罪判決は検察の敗北とされる。それを気の毒と考えるのか、裁判所は検察の言いなりの判決しか出さない。ちなみに無罪判決を出すような裁判官は人事で冷遇される。刑事裁判は両者の八百長というより他ないのである。

となれば、警察や検察はやりたい放題をやる。人質司法を背景とする自白の強要、証拠のでっち上げ、不利な証拠の隠蔽や毀損、証人への圧力等である。裁判所はこれらのデタラメに目をふさぎ、みんな有罪にしてしまう。
これでは冤罪は山ほど発生しよう。たまたま明らかになった足利冤罪事件など、まさに氷山の一角である。

しかし一般の人はこうした実態をほとんど知らない。その最大の理由は、大マスコミがこれらを報道しようとしないことにある。権力に擦り寄ることにより眠ったに等しい大マスコミ。情けない限りである。

そもそもこの冤罪事件は、厚労省に不正を働きかけた者がたまたま民主党の重鎮石井一議員の元秘書であったことからスタートしたようだ。そこで検察は、「同議員の違法な圧力により役所が不正を行った」というストーリーをつくる。そして関係者を逮捕し、密室の中でそうした供述を強要する。これらにより石井議員の逮捕を狙ったわけである。

厚労省での実行犯である上村係長は、法廷で悔し涙にくれながら次のように証言する。「私がいくら”単独で不正をやった”と検察官に説明しても調書を作ってくれない。そこでやむなく”村木氏の指示よる”とする検察のストーリー通りの調書にサインした」。
このように自白調書は、本人の供述をそのまま書き取ったものではない。検察が勝手に書いた作文に強引にサインさせる。これで自白したことになるのである。

こうしたやり方は、任意の事情聴取を受けた厚労省の関係者も同じ。その多くが「逮捕されかねない」といった恐怖感をあおる等の検察の強要により、虚構の調書サインさせられている。
検察はこうして外堀を埋めつつ、本丸の村木元局長に対して「石井議員から頼まれたため、上村係長にこれを指示した」というストーリーを強要する。しかし村木氏は最後までその否認を貫いた。記事のタイトルが示す「壮絶な454日」だったわけだ。確かにこれはおいそれとできることではない。

その一方、検察がターゲットとする石井議員に事情を聞いたのは、村木氏を起訴してから2ヶ月以上の後のこと。その場でも、元秘書から依頼を受けたとされる日における同議員の行動(アリバイ)の確認はしていない。
その後、証人として出廷した同議員は、手帳の記載に基づきその当日はゴルフ場にいたことを明らかする。それはゴルフ場の記録からも裏付けられた。

江川氏は書く。”そんなずさんな捜査でも、供述調書さえ取ってしまえば、裁判で有罪に持ち込める――。この検察の「自信」は、これまで様々な事件で、裁判所が検察の調書をすんなり証拠採用し、有罪判決を勝ち取ってきた、という経験から生まれているのだろう”。

しかし今回の事件では、検察側の証人に立った関係者が法廷で証言を翻した。そこで検察側は、6人の検察官を出廷させ「適正な取調べの結果、自発的な証言を得た」と証言させる。
しかしその証拠となるべき検察官の「取調べメモ」は、全員が廃棄していた。裁判官もこれにはかなり驚いたという。
以下、「その2」につづく