先頃、地権者からの依頼により、区画整理事業地内の土地処理に関する折衝の助っ人を行った。事業の施工者は東京都。地権者の所有地を別の土地に換地することについて、事業者である都の担当者から同意を求められたのだ。

その所有地には小ぶりの賃貸マンションが建っている。したがってマンションの建て替え費用の金額、さらには移転・建替え期間の賃料補償等の額についての合意も必要となる。そこで地権者とともに、担当者からこうした内容や金額の算定根拠の説明を受けたわけだが、賃料補償額の算定に強い疑問が生じた。一律の算定方式が、この地権者特有の賃貸方式(管理事業者による家賃保証方式)にマッチしていないのだ。

そもそもこの区画整理事業は、施工者と地権者は対等の立場で契約を締結することにより実現される。納得がいかなければ、地権者は判子を押さなければいい。だから当方は、「こんな画一的な補償の話には乗れない。実態に合う算定方式にしてくれ」と突っぱねた。

すると先方は、「算定方式はあらかじめ都が決めている。これに従っていただくしかない」という。そこで「そんな杜撰なルールがあるとは思えない。例外規定があるはずだから、その補償方式を定めた規定を見せてくれ。」と要求すると、「内部規定は情報公開制度に基づかない限り見せるわけにはいかない」という。「冗談はやめてくれ。それは相手の了解を得ようという対応ではない」。

本音を言えば、「いかに不合理であれ、都がいったん決めたルールを変えないであろう」ということは先刻承知している。また、「ある程度は画一的な処理を行わなければ行政は立ちいかない」ということもよく分かる。
しかしこのケースでは、明らかに(勉強不足に起因する)不合理な画一的処理であった。何よりこうした点の指摘を受けても、先方は(さすがに口には出さないものの)「そんなことを言われてもどうにもならない。とにかく判子を押してくれ」という対応をする。人間のできていない私はこうした対応に我慢ができない(ありがたいことに地権者もほぼ同じ考えであった)。結局その日は完全に「決裂」となった。

次回の面談では、責任者としての課長ともう一人の担当者が出てきた。その場では、「不合理であるとしても、都という組織決定を変えることができない」という点の当方への説明の仕方を、次のようにとことん説教した。
一般の民間であれば、このような言い分は通用しない。だから担当者はこの不合理を土下座せんばかりに詫びるしかない。その上で「曲げて、了解していただきたい」と懇願するはずだ。それらにより、はじめて要請を受けた側も納得するのである。

しかし公務員は、頭の下げ方を知らない。下手をすると「頭を下げない」ことを当然とさえ思っている。だから「都が決めた以上は仕方がないんですよ」などといった話し方しかできない。
こうした説教により、二人は分かってきたようだが、41才の課長(管理職登用のためのペーパー試験の合格者)はまるで理解しようとしない。その上で「対等の関係だからお互い歩み寄って…」などとシャーシャーと言う。実態は「ぐずぐず言わずに都の定めたものを受け入れろ」と言っているに等しいにもかかわらずである。むろんその日も「決裂」である。

同じようなことをさらに二回行った(三度目からは、こちらの事務所に来させた)。その過程でさすがの課長も分かってきたらしい。当方も「もう潮時」と思っていた五回目のことである。追い詰められていたのか、先方は裁量が効くギリギリの数値なのであろう、わずかばかりの補償額のアップの話を持ち込んできたものだ。それやこれやでその場で手を打つこととした。

最後に三人に対して、「話は、相手の気持ちを考えつつ行う」旨を力説した。とにかく公務員の話は、「無神経」の一語に尽きるからである。民間の商談はもちろん、一般の会話であってもこうした「無神経」は通用しないのだ。そして三人にはこれらを十分に理解してもらった(と思う)。

さてそのすぐ後に、地権者から今後の手続きの確認の話に入っていった。「そうすると、まずこの時期に補償額全体の8割のお金が私に振り込まれるんですよね」。「はいそのとおりです。8割以下の金額をお渡しします。そしてそれから……」。
 「ちょっと待って下さい。8割以下とはどういうことですか」。「えっ、8割以下が何か?」(他の二人もけろっとしている)。「だって8割以下というのであれば、4割とか5割とかもあるわけでしょう。話がまるで違うじゃないですか」。地権者はやや焦り気味に聞く。
「ああ成程、そういうことですか。いや8割以下というのは、仮に全体が何千万円であるとして、その8割ぴったりの数値に万円未満の端数が出た場合には、その端数を切り捨てた額にするという意味です。これを「8割以下」と言ったんです」。
 
彼らはいつも平気でこういう無神経な説明をしている。「8割以下」と言われれば、誰だって「4割とか5割かもしれない」と思う。こうした相手の気持ちに思いを致すことができない。おそらく彼らは「8割という約束だったが、3,500円少ない。どうしてくれる」といった難癖をつけられのをいやがって、「8割以下と言っておけば問題なかろう」と考えているのであろう。要するに「自分さえ安全であれば、相手がどのように困惑しようが知ったことではない」というわけである。

 むろん当方はその場で、こうした無神経ぶりをこっぴどくこき下ろした。これを聞いた三人は、あらためて「話は、相手の気持ちを考えつつ行う」ことについて、「成る程」という顔をしたのだ。
いやはや何と先の長いことか。三人には今後の健闘を祈るより他なかったのである。