大阪平野区で10年前に発生した母子殺人事件につき、大阪地裁の差し戻審が逆転無罪判決を出した。この被告は被害者の義父で、事件発生の7ヶ月後に逮捕されていた。

この事件は一審での無期懲役や二審での死刑判決を経て、最高裁で状況証拠や犯行動機に強い疑問が示され、破棄差し戻しとなっていた。
昨日15日の判決は、「(これらの状況証拠は)いずれも被告が犯人でなくても説明可能な事実」として無罪としたわけだ。

しかし既になされたこの捜査や死刑判決等は、あまりにお粗末と言わざるをえない。証拠といわれるものは、殺人現場マンションの階段踊り場にある灰皿の中に、被告のすった煙草の吸い殻があったというもののみ。しかもそれはかなり古いものでしかない。

この点に関しては、以前に被告が、携帯灰皿の中身を捨てるべく被害者に吸い殻を渡した経緯がある。だから「被告の吸い殻の存在が、当日被告が現場に行ったことの証拠」とするにはかなり無理がある。
おまけに直接的な動機は存在しない。また執拗に強要されたであろう自白も、きっちり拒否しているのだ。

おそらく警察は、当初とりあえず捜査したものの犯人逮捕の見通しが立たなかった。そこで手っ取り早くやるために、身内で怪しそうな人としてこの義父に狙いを定め、「状況証拠」を集めたのだ。そして「捕まえて自白させればこっちのもの」とばかり逮捕に踏み切ったのであろう。いつものやり口である。

捜査員は捜査の過程で、「この義父は犯人ではない」ということを感じたであろう。しかし面子等から検察を巻き込み起訴に踏み込む。面倒な多角的捜査をしていないから、彼を犯人に仕立て上げるしかないという事情もあろう。

こんな杜撰な状況証拠でも裁判所はホイホイ重罰を科す。何より高裁はこの件で、「無罪の主張を続ける等、被告に反省がない」ことを理由に、死刑判決を出した。「お上が有罪と決定したにもかかわらず、これに逆らうとは不届き千万」というわけなのだろう。

しかし最高裁はさすがにこの判決を退けた。その中で、状況証拠だけで有罪とするための基準を、「被告が犯人でなければ合理的に説明できない事実があることを要する」と新たに判示した。そして差し戻し審は、この判示を忠実に実施し無罪判決を導いたわけである。

最高裁によるこの新基準は、「裁判員裁判における、直接証拠がない事件での判断基準を裁判員に示したもの」と言われている。
しかしこの判断基準はあまりに常識的かつ当然のものである。要するに「今までいかにデタラメな状況証拠によって、捜査当局の言いなりの有罪判決を連発していたか」の証明なのである。この事件の一・二審判決はその典型といえよう。

何度でも繰り返す。刑事訴訟における有罪率は99.9%である。この「99.9%」が、捜査当局がいう「精密司法」(的確な証拠に基づき精密に有罪判決を導くこと)によるものであれば分からなくはない。
しかしその実態は、今みたようないわば「デタラメ司法」による「99.9%」なのである。「冤罪大国日本」と称する所以である。

以下はやや余談である。
こうした判決に際して、テレビも新聞もやたら遺族の無念ぶりを伝える。遺族のそうした気持ちは分からなくもないが、一体これは何のための報道なのか。
さらに新聞(読売)は、当時の捜査員の「無罪判決で、被害者にただ申し訳ない」とするコメントまで載せる。申し訳ないの対象が、冤罪となった被告ではないのだ。

要するにマスコミは、「誰でもいいからとにかく犯人に仕立て上げてしまえば、遺族を含め世の中(とりわけ捜査当局)は丸く収まる」と考えているとしか思えない。
捜査当局に不当に感情移入しているマスコミは、捜査当局と同罪なのである。