鳩山首相の巨額政治資金問題 (1) 税務の観点から

(2009年12月20日)

はじめに
現在、鳩山首相の巨額政治資金問題が世を騒がせています。考えてみれば、これはいろいろの側面を有しています。少なくとも①税務の観点、②社会通念の観点、③政治的観点3つには区分されましょう。

ところがこれらの問題がチャンポンに論じられているためか、話が錯綜しているよう思えてなりません。そこで本欄において、この問題を整理しつつ論じてみることとします。

ただし「税務の観点」を書いてみたところ、かなり長くなってしまいました。そこで②と③の二つは、「社会的観点から」として別途記載することとします。したがってそちらも、この①の延長としてお読みいただければ幸いです。

税務の観点
 まずは、税理士という立場から「純粋な税務問題」としてこれを考えてみます。ポイントは母から渡された巨額資金が、贈与なのか貸付金なのかという点です。
 
 ところで税務当局の「贈与」の認識が、一般の常識的な考え方とやや相違すると思われる点が主に二つあります。
ひとつは、一方が贈与したつもりでも、受贈者に「もらった」という認識がない場合です。親がその事実を知らせないまま、子供名義で預金している場合がその典型です。税務当局はこのような場合は、贈与は行われておらず「その預金は親のもの」と解します。そしてその親の死去に際して、それを相続財産に取り込んでこれに相続税を課税するのです。
民法における贈与の規定が「(贈与者が無償で財産を与える意思を表示し)相手方がこれを承諾することにより成立する」となっているのがその取扱いの根拠です。

 もう一つは、客観的に返せるはずのない額のものを、「貸付金」と称して渡すようなケースです。貸付金でという体裁であれば、一応は贈与ではないということになります。
しかし例えば「親が30歳の会社員の住宅取得に関して、5,000万円を貸した」などといった場合には、税務署はその大半を贈与と認定するでしょう。その年収では5,000万円など返せっこないからです。このような「ある時払いの催促なし」は、贈与とみなして課税するのです。

 ではこの二つについて、鳩山首相のケースを考えてみましょう。まず鳩山首相には主張には「もらった」という認識がなさそうです。これでは民法上、贈与の要件を構成していないように思われます。ですからこの面からすれば、これらの資金は母親の貸付金になり、贈与税の課税にはなりそうにありません。

 一方、首相は後者(みなし贈与)には該当しそうです。いくら議員歳費が高いとしても、彼には10億円以上のお金を返済できるとは思えないからです。したがって一般の場合であれば、その意味から贈与税が課されると思われます。
しかし話はここで終わりません。当局がいう"「ある時払いの催促なし」とする貸付金は贈与とみなす"などという規定は、税法にはないからです。したがって仮に鳩山首相が、当局が行うであろう贈与税の認定課税に対して裁判で争うと、当局が負けてしまう可能性があります。

 ただしその場合には、首相側が「これは母から借りたもの」という点を立証する必要が生じます。そしてその場合には、「借用書が作成されていない」という点が致命傷となりそうです。本来は借用書の作成は貸借の要件ではないとしても、この大きな金額では借用書がないのはあまりに不自然だからです。
さらには返済方法も決められていません。結局のところ、貸付金とする立証は困難と思われます。こうした事情から、弟の邦夫氏とともに兄の首相も、贈与税の申告を覚悟しているわけです。

 さて問題は徐々に佳境に入っていきます。
 この巨額資金を贈与であるとすれば、時効の制度により直近の6年分しか課税できません。つまりそれ以前の贈与分は課税を免れてしまうわけです。

 一方、これを貸付金であるとすれば、過去数十年にわたり母親が提供した資金は、すべて貸付金として残ることになります。むろん貸付には時効はないからです。とりわけ10年以上も前に鳩山兄弟が立ち上げた民主党に関しの、20億円といわれる結党資金は母親が拠出した(つまり貸付金)とされています。
したがって近い将来の母親の死去に際しては、50億円規模と思われるこれらの貸付金の全額が、母親の相続財産として課税されることになります。

となればその累計額は、おそらく一人約11億円とされる6年間の贈与金額の数倍規模になるのではないでしょうか。ちなみに税率は実質的にどちらもほぼ50%。したがって、今回これらの資金の動きを「贈与」であるとすることにより、兄弟らの相続人は、20億円を優に超えるであろう相続税を免れることになります。

その意味から、後で述べる政治的観点を抜きにすれば、国税側は鳩山氏側が「貸付金」を強く主張すれば、おそらくそれほど強くこれを否定しなかったようにも思えます。あくまで「贈与税は相続税の補完税」(贈与税は、相続税を徴収する手段)だからです。

この点、一般庶民の「ある時払いの催促なし」的な貸付金と大資産家のそれとは、自ずと扱いが別になります。一般庶民の場合は、取れるときに取らないとうやむやになってしまう一方、大資産家に関してはしっかり記録を残しているからです。

さて最後の興味は、鳩山兄弟の贈与税の申告に関して、通常の過小申告(または無申告)加算税で済ませるか、罪の重い重加算税が課されるかどうかです。重加算税は本来、納税者の「仮装・隠蔽」を前提とするものです。したがってまさに脱税という「犯罪行為」と認識されます。一方、過少申告加算税等であれば、いわば単なる誤り・申告漏れに過ぎないというニュアンスで済むわけです。

鳩山首相のケースであれば、本来は重加算税は考えられないように思います。しかし近年の国税当局は、拡大解釈によりやたら重加算税を課そうとします。こうした中、さらには後述の政治的観点と併せて考えると、どうなるか予断を許さないように思うわけです(さらにいえば、この問題を追及しているのは国税局ではなく検察庁です)。

もう一点、母親が出すと思われる5億円以上といわれる贈与税をどう処理するかも興味があります。おそらくこれについては、借用書を書くこと(つまり貸付金としての相続財産)になるのでしょう。しかし何やら今までの行為との整合性の点がやや気になりそうです。

さてこの件の当事者が、単なる大資産家のお坊ちゃんであればここまでの話で済むはずです。しかしそれが一国の総理大臣ともなると、先の重加算税の問題を含め、それだけでは終わりそうにありません。これ以降の話は、間もなく別に記載する予定の「社会的観点から」をご覧くださるようお願いいたします。

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