恐るべき特定秘密保護法。これは素晴らしいこの国を一変させてしまうだろう。

戦後の日本は、自由と平和さらには繁栄を謳歌してきた。そのベースには、事実上の単一民族・単一言語で宗教対立もない島国という稀にみる幸運がある。
これらを基にわが国は、勤勉かつ誠実な国民性により和を尊ぶ清潔・安全で均質な社会を作ってきたのだ。

その中での唯一かつ重大な問題は、この国の上層部の堕落・腐敗ぶりだ。その典型が、使命感を放擲した中央省庁の幹部役人である。政治家やマスコミ、多くの御用学者も同様である。

戦後の歴史における最大の事件は、3.11の福島原発事故であろう。しかし特定秘密保護法の制定は、これを大きく凌駕する。わが国のこの明るい社会を一変させてしまうからである。

本来この法律の対象は、わが国の安全保障を確保するための防衛・外交情報に限られるはずだ。
しかし法案はそれ以外にも広範囲に秘密対象に取り込む。しかも解釈しだいでは際限なく広がる。何より怖いのはその恣意的な運用である。

先般の復興増税でいえば、これで集めた税金の使途は、震災復興に限定さられるはずだった。
ところがこれが沖縄の税務署の建物の修繕費にまで充てられた。その上でこれも正当な復興税の支出だというのだ。役人の恣意的解釈は止めどがないのである。

たとえば警察では、幹部職員らが私腹を肥やすための巨額の裏金が蔓延している。そして内部告発その他により、この裏金の存在が徐々に世間に知られつつある。
それでも警察はこの「税金横領」を止めたくない。組織としても止めるわけにはいかない。警察官の不祥事の止めどない表面化が示すように、裏金の存在が警察組織を強く蝕んでいるにもかかわらずである。

となれば、警察はその裏金に関する情報を特定秘密に指定するだろう。こうすれば内部告発を防止できる。マスコミ等からの裏金への追求にも、「秘密保護法違反のおそれがある」と逃げることができる。市民運動等のうるさい人は逮捕してしまえばいい。

警察以外の全ての役所も、大なり小なり突かれて困る事情を多数抱えている。役人の堕落・腐敗ぶりはどこも同じだからだ。
となると、彼らは屁理屈をこねる等により、不都合な部分は全て特定秘密に指定するだろう。これでもう怖いものなし。この法律は「役人天国保護法」ともいうべき存在なのである。

今度は市民の側を考えてみよう。
例えば、仲間内で警察の裏金についてワイワイやっていたところ、その一人の親戚に、かなり昔の警察OBがいたとしよう。そこで後日そのOBに軽い気持ちで裏金の真偽等を問い合わせたとする。
実はこれだけで、そのOBに秘密漏洩を「教唆」したとして逮捕されかねない。するとその仲間も「共謀」で逮捕の対象。またこれらを他の仲間に声掛けすれば「扇動」となり、これもアウトなのだ。

そもそもその情報が特定秘密に該当しているかどうかは、我々には知らされていない。さらに、これは実際に秘密が漏洩されていなくとも「お縄頂戴」になってしまう。

これでは下手に政治談義などできなくなってしまう。どこで地雷を踏んでしまうか分からないからだ。
こうなってくると、いい子になりたい輩が役所にごますりの密告をはじめるかもしれない。壁に耳あり障子に目あり。戦前のお互いの監視体制下のような、暗―い社会になりかねないのである。

今度は市民運動家やそのシンパらを考える。世の中には社会正義を求めて様々な分野で多くの人が活動している。こうした人の献身的努力が、社会の健全化に貢献しているといってよい。

しかし役所にとっては、こうした人はかなり目障りな存在となる。そして彼らの活動は、必然的に特定秘密の内容に迫るものとなる。
となればこの法律を口実に、まずは折衝の拒否。そして法律批判の脅しをかけつつ、最終的には逮捕に持ち込むであろう。これは運動家らの行動に甚大な影響を与えるに相違ない。

とはいえ常識的に考えれば、先の「仲間でワイワイ」はもちろんこうした市民の活動の多くは、最終的には不起訴等により罪には問われないだろう。

しかし警察は、違反の疑いがあるとして役所に不都合な人を逮捕するかもしれない。つまり狙い撃ちである。
マスコミをはじめ世の中は、逮捕された人に即犯罪者の烙印を押す。いやその前段階の警察による事情聴取も怖い。これらをちらつかされれば、市民運動家とておいそれと動けなくなる。

以上のように、この法律は一般社会による政府・行政への批判行動に対して、甚大な萎縮効果を及ぼす。この法律の制定は、はわが国の社会のありように一線を画す大変化を生じさせる可能性が高いのである。

その一方、本来は国民の下僕とされる役人・役所は、この法律により国民の支配・管理が可能となる。おまけに不都合な情報の漏洩の心配も一気になくなる.こうした役人の一層の精神的弛緩が、この国の将来を絶望的なものにしていくだろう。

「役人天国保護法」ともいうべきこの法律は、どこどう考えてもこの国・社会に致命的な害悪を与えるとしか思えないのである。