村上春樹氏が最近、「東電社長らは刑務所に行くべき。誰も責任を取らないのはおかしい」と発言しているね。いや仰るとおり。大作家に言われるまでもなくこれは当然の話だよ。
でも思うに、現実にはこれはできそうもない。今回はこの点を考えてみるね。

国民性なのか、日本人はやたらお上には従順だね。なにせ上から「特攻をやれ」と命じられれば、普通の人が命を投げ出しちゃうんだから。その裏返しなんだろうけど、日本人は偉い人を批判・処罰することができないんだよ。

あの滅茶苦茶な戦争犯罪だって、占領軍の極東裁判があったから、なんとか戦犯を死刑等にできたんだよ。日本人だけだったらとてもできなかったと思う。つまり極東裁判がなかったら、東条英機らは大きい顔をして生き延びていたはずだよ。

その証拠に、市民らに極悪非道を尽くした特高幹部は、50人以上が国会議員になったというよ。小林多喜二を虐殺した男など、なんと自治体の教育委員長になったっていうんだ。ここまでくると、一般の日本人の感覚は、「無節操」って感じがしちゃうね。

だけど、市民を虐殺した上で議員に収まった元特高や、特攻を命じて自身は生き残った職業軍人らには良心の呵責はないのかね。この疑問は、対策を意図的に放置して福島県民を塗炭の苦しみに追い込んだ東電社長らも同様だよ。

この点に関しては、数百万人のユダヤ人をガス室に送った責任者、ナチス幹部ののアイヒマンの話が示唆に富んでるよ。
戦後長い逃亡生活を送っていた彼は、イスラエルの秘密組織による執念の追求で、遂に1960年に捕らえられたんだ。

ユダヤ人らは、アイヒマンが悪魔のような男に違いないと思っていたよ。ところがどっこい、彼はどこにでもいる小役人のような人物だった。そして彼は言った。「自分は単に命令に従っただけ」。この本音の発言は衝撃を与えたね。

つまり本来なら到底許されざるものであっても、それが「組織の命令」であればほとんどの人はそれに従う。命令に逆らったら組織にいられなくなっちゃうもんね。
それでも初めのうちは、良心的に悩みつつそうした命令を実施していた。だけどそのうち感覚が麻痺するのか、そんな面倒な悩みはしなくなっちゃう。

「個人的にはいい人なんだけど…」なんて話はよく聞くよね。でもそういう人が、「組織の命令」となるととんでもないことを平気やっちゃうんだ。
だからやってる本人には悪いことをしているという認識がない。「組織の命令」が精神的な免罪符になっちゃってるんだろうね。

戦犯も東電等の原子力ムラの連中も、皆同じじゃないのかしら。だからその罪を追求されても「組織の命令だからしかたなかった。悪いことをしたとは思っていない」となるんだ。事実、彼らは皆そういう顔をしてるもんね。
むろん組織のトップであっても、その組織を維持・発展させるための存在なんだから、同じ理屈だよ。

この「組織の命令」なる存在を金科玉条化している背景には、出世競争があると思うんだ。組織はその歴代トップが、上に行けば行くほどいい思いができる構造に作ってある。だからみんな出世しようと組織に忠誠を尽くす。そうなればなるほど、上は優越感が味わえるという意味もあるしね。

こうした精神構造が長い間にはエスカレートしていった。その結果が、「組織の命令であれば何でもやる」いう風潮が固まってきちゃったんだよ。
こうした組織の典型は、倒産という制約のない役所だね。地域独占の電力会社も似たようなもんだよ。いずれにしてもすべての組織は、大なり小なりこうした弊害を抱えてるよね。

もっとも、こんな絶望的なことを書いててもどうにもならないよ。大切なことはどうすればいいのかって話だね。これに関して、組織に帰属していない自営業者の立場から、勝手に言わせていただきますよ。

その結論は、組織に帰属する人がなるべくそんな「組織の論理」に乗らないようにすることだよ。むろんあからさまに組織に弓を引くわけには行かないよね。でも「命令」の本来の正当性の判断を怠っちゃダメだと思うんだ。

そして正当性のない命令には、「心ならずも」という心境で従ってほしいんだ。変な例えだけど、いわば「体は売っても心は売らず」路線だね。
この「心ならずも」の気持ちの有無は、大変な違いが生じてくる。多くの人がこれをやれば、組織が構成員の本来の意思を無視できなくなる可能性が出てくるもんね。

話は飛ぶんだけど、国会議員ってのは典型的な自営業者のはずだよね。つまり自身の信ずるところを自由に主張・実行すべき立場にあるんだ。
ところが小選挙区制度になってから、党本部の力がやたら強くなったね。だから政党も「組織の論理」やたら幅を効かすようになっちゃったんだ。

最近の、秘密保護法や集団的自衛権の行使容認なんか、自民党員のサラリーマン化のなせる技だよ。多様な考えを持っていても、大臣その他の役職に就きたいあまりみんな党本部に尻尾を振っちゃうんだ。内閣改造なんて噂だけでも威力は抜群だっていうもんね。

結局、本稿はこの点を言いたいためのものだったみたいだね。