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    <title>相続税対策専門 税理士・不動産鑑定士 森田税務会計事務所（東京都千代田区）</title>
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    <updated>2010-07-28T03:31:33Z</updated>
    <subtitle>相続人の円満・納税資金の確保・相続税の節税は、不動産に強く・税務署に強く・依頼者に優しい、相続税対策専門税理士へ</subtitle>
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    <title>地デジ対応期間残り1年？ そりゃ何のこっちゃ</title>
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    <published>2010-07-28T03:30:02Z</published>
    <updated>2010-07-28T03:31:33Z</updated>

    <summary> おい、てーへんだテーヘンダ。地デジ対応期間が1年を切ったってえんで、世の中ぁ大騒ぎだ。そうかいそりゃ大変だ。ところで「地デジ対応」って何のこっちゃい？ 　まあ私の気持ちとすればそんなところでしょう。むろんウチは今もアナログテレビです。だっ...</summary>
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        <![CDATA[<p> おい、てーへんだテーヘンダ。地デジ対応期間が1年を切ったってえんで、世の中ぁ大騒ぎだ。そうかいそりゃ大変だ。ところで「地デジ対応」って何のこっちゃい？</p>

<p>　まあ私の気持ちとすればそんなところでしょう。むろんウチは今もアナログテレビです。だって面倒くさいじゃないですか。今のままでも十分テレビを見ることができますからね。</p>

<p>いや地上デジタルがどんなモンで、それにはＶＨＦアンテナはＵＨＦに換えなければならないの、光回線にすれば費用はもっと安くなるの、とかいった話が何のことかが分かればいいですよ。しかしメカ音痴の私にはさっぱり分かりません。そんな分からないことに大枚はたくのは気味悪いでしょう。</p>

<p>確かに、ハイビジョンの画面は美しいですよ。それはよーく分かっております。街の電気屋さんのテレビで、やたらきれいな画面を見てますからね。おそらく「地デジ対応」なるものをやれば、ああなるんでしょうね。</p>

<p>いや実は私がハイビジョン化に逡巡しているには、もっと深ーいわけがあるんです。あっ言っときますけど、軍資金の問題じゃありませんよ。お金ならウチの金庫にうなってますからね。</p>

<p>いやネ、新型テレビで日々あのきれいな画面を見ていると、それが当たり前になってしまうんじゃないか、と思うんですよ。つまり「きれい」って感動する期間は、せいぜい1ヶ月程度。後は感動も何もなくなってしまいます。<br />
そしてその後に今のアナログテレビを見ると、「何、このきたない画面。とても見ちゃいられないね」などと思ってしまうでしょう。その気持ちが怖いんですよ。</p>

<p>私の「団塊の世代」風に言わせていただきます。皆さん、東京オリンピックの頃（私は高校1年生）は、生活が貧しかったですか。何か物質的に不満がありましたか。<br />
おそらくそうは考えていなかったでしょう。下手をすれば「今と大差ない」などと思われるのではないでしょうか。</p>

<p>しかし当時（1964年）は、地方都市を含めマイカーなんかほとんどありませんでした。なにせ電車に冷房なんか全くなかったですよ（特急電車にはあったかナ）。<br />
今日、冷房のない電車なんて考えられないでしょう。車のない地方都市での生活も同様です。まあヤング向けにいうとすれば、テレビゲームやネットのない生活といったところかもしれませんね。</p>

<p>一般には、「科学技術等の進歩により、東京オリンピックの頃に比べれば今日の方が生活水準はずっと高くなった」というでしょうね。しかし私はそうは思いません。「人間が堕落したというマイナスにより、科学技術等の進歩というプラスを相殺してしまった」と考えます。<br />
だって生活水準が進歩したのであれば、その分「豊かになった。物質的に恵まれた」という実感があるはずでしょう。それがないのは、人間が「贅沢になった、思い上がった」（つまり堕落した）からだと考えるしかありませんよ。</p>

<p>私は「進歩」の定義は、人が「進歩したという実感を持つこと」だと思います。いくら絶対的な進歩があっても、人間の側が（最初のうちこそ便利・豊かになったと思っても）すぐそれを当たり前に思ってしまいます。<br />
結局のところ、こうした愚かな人間にとっては進歩は無意味・不必要ではないでしょうか。</p>

<p>確かに今までは、資本主義的な発想で「進歩≒経済成長」なるものを喜んでいました。しかし今や進歩は、不要どころかマイナスになったように思います。その理由はいうまでもなく、地球環境という「壁」の出現です。</p>

<p>もうお分かりいただけたでしょう。私が未だにアナログテレビに固執する理由が。むろん高品質な画面を見始めれば、愚かな私はすぐ堕落してしまうであろうからデス。いいじゃないですか今後もずっとアナログテレビで...。<br />
</p>]]>
        
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    <title>二重課税問題（その３） 最高裁判決の事例は本当に二重課税か？</title>
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    <published>2010-07-26T03:57:02Z</published>
    <updated>2010-07-26T04:00:15Z</updated>

    <summary>「死亡保険金の年金受取分への所得税課税は、二重課税に当たり違法」とする最高裁判決についての３回目です。 　今回のテーマは、この判決からすれば「相続した土地への譲渡所得課税も二重課税になってしまうのではないか」です。 　今回の判決示をひと言で...</summary>
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        <![CDATA[<p>「死亡保険金の年金受取分への所得税課税は、二重課税に当たり違法」とする最高裁判決についての３回目です。<br />
　今回のテーマは、この判決からすれば「相続した土地への譲渡所得課税も二重課税になってしまうのではないか」です。</p>

<p>　今回の判決示をひと言でいうと、「相続税の課税価格に算入された資産はすべて相続税が課税済みなのであるから、これに所得税を課すのは二重課税となり許されない」です。大元の法律がそのように規定しているため、この結論にならざるをえないわけです。</p>

<p>しかしそうであるならば、相続したものが不動産であっても同じ理屈となりましょう。つまり相続不動産はすべてその評価額等が課税済みとされるわけです。<br />
したがってこれを売却してもその大半は所得税が課されないこととなります。相続後の値上がり分には課税できるとしても、ここ20年間の地価はほぼ下がりっぱなしです。ですから昭和の終わり頃以降に相続した土地であれば、まず所得税はかからないことになるわけです。</p>

<p>　しかし税金はかからなければいいというものではありません。現下の国家財政はほぼ破綻状況にあります。その上でまた土地の売却代金の大半に課税できないこととなったら、税収にいっそうの大穴が空いてしまいます。<br />
やはり相続財産とはいえ譲渡代金を取得するのであれば、相応の税金を払っていただきたく思います。譲渡者には担税力（税を負担する力）は十分ありましょうし、税率（住民税を含め原則20％）だって高くはありません。</p>

<p>いやそもそも、こうした譲渡資産や判決がいう年金払い保険金は、そう神経質になるような二重課税ではありません。<br />
　つまりこれらの資産の所得税課税の対象は、資産の値上がり益や運用益です。その一方、相続税は富の再分配（さらには相続資産を取得することのできない人との調整）を主な目的としています。ですからこれらは厳密な意味で二重課税といえるかどうか、疑問にさえ思えます。</p>

<p>したがって、少なくとも譲渡所得の起因となる資産（不動産、株式、ゴルフの会員権等）に関しては、原則として二重課税にさして配慮する必要はないように思います。<br />
なお相続税の納期限から３年以内に相続財産を売却した場合の譲渡税の課税には、一定の金額を取得費に算入することができるという、取得費加算の特例があります。しかしこれは所詮３年間のみの「特例」に過ぎません。これをもって「二重課税問題は解決済み」というのは過大評価といわざるをえません。</p>

<p>　その一方、判決の対象となった保険がらみの相続資産等に関しては、なるべく二重課税の排除策を設けたいところです。<br />
　この両資産の区分の理由は、土地や株式等が相続財産や譲渡所得の中心に位置付けられる資産性の高いものである一方、保険金等は生活密着型資産ともいうべき存在（金額もそう大きくはならない）だからです。</p>

<p>しかしその場合の二重課税排除策は、あくまで相続税額を負担した人だけを対象としなければなりません。<br />
また「一時金としての取得であれば非課税で、年金受取であれば課税」という、一般の人の素朴な疑問や不公平感も解消する必要があります。そこで以下を提案してみます。<br />
　<br />
まず相続税の課税価格には、相続人の払込保険料の合計額のみを算入することとします。そして一時払いにせよ年金払いにせよ、所得税法上で発生する一時所得や雑所得はしっかり課税するわけです（死亡退職金も同様の取扱いに）。</p>

<p>これであれば被相続人の払い込み保険料は相続税、運用益部分は所得税と区分されるため、二重課税は発生しません。また一時金受取と年金受取との課税課関係の違いも生じないこととなります。<br />
　ただしこうした変更は課税強化となるかもしれません。その場合には、非課税枠や税率その他でしっかり調整すべきと思います。<br />
　<br />
　いずれにしても、以上述べたものは全くの私見（私の提案）です。<br />
そしてここでの結論として、「エエカッコーシイ」の所得税法の規定を現実的なものに改正した上で、急ぎ公平かつ妥当な二重課税対策を行っていただくことを望むものです。<br />
                                                                         おわり<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>二重課税問題（その２） 最高裁判決の事例は本当に二重課税か？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.moritax.jp/column/002/post-39.html" />
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    <published>2010-07-22T09:17:52Z</published>
    <updated>2010-07-22T09:19:47Z</updated>

    <summary>「死亡保険金の年金受取分への所得税課税は、二重課税に当たり違法」とする最高裁判決についての２回目です。 今回は、「そもそも最高裁判決のケースは、本来の二重課税に該当しないのではないか」をテーマとします（前回の予告とはかなり内容が違います。ス...</summary>
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        <![CDATA[<p>「死亡保険金の年金受取分への所得税課税は、二重課税に当たり違法」とする最高裁判決についての２回目です。<br />
今回は、「そもそも最高裁判決のケースは、本来の二重課税に該当しないのではないか」をテーマとします（前回の予告とはかなり内容が違います。スミマセン）。</p>

<p>最初に結論を述べます。二重課税とは「相続税を払った財産に対して、所得税も課税された」という話だと思います。しかし実は、年金受取に所得税を課税された人のほとんどは相続税を払っていません。双方の税を払っていない以上、実質的には二重課税にはならないはずです。</p>

<p>　そもそも相続税には多額の基礎控除があり、相続税が課税されている人は４％程度にすぎません。さらには死亡保険金には非課税枠があります。おまけに年金受給権を相続するであろう配偶者には、別枠で税金がかからないようする大特例があります。</p>

<p>　結局のところ、判決のいう年金受給権に関して相続税を払っている人は、100人に1人（１％）程度しかいないと推測されます。ですからこうした年金を受取っている人のほとんどは、相続税をかけられていません。だから本来の二重課税には該当していないのです。</p>

<p>ところが法律（それに基づく今回の判決）は、そのようにはなっていません。「結果として税金がかからなかったとしても、形の上で相続税の課税対象となった財産に関しては、（二重課税防止の観点から）所得税をかけてはならない」と定められています。</p>

<p>確かに法律でそう定めていますから、形式的にはそれが正しいわけです。しかし私はどう考えても、二重課税とは二重に税金を納付させられた場合をいう、としか思えません。ですから「二重課税といったクレームを付けるのは、相続税を払ってからにしていただきたい」と言いたいのです。<br />
　<br />
その一方、個人年金に加入後に本人が年金を受給した場合には所得税が課されます。しかし亡夫が掛けたものを相続人が受給すればこれが課されないことになります。そうした場合のほとんどは、相続税の納付がないのはもちろん相続税の申告すらしていないにもかかわらずです。これは不公平だと思います。</p>

<p>結局こうした矛盾の原因は、形式的な二重課税までをも禁止した、いわば「エエカッコーシイ」というべき所得税法の規定にあるように思います。二重課税による救いの対象者は、二重に税金を払った人だけにしておくべきだったでしょう。<br />
むろん国税当局は、その規定の不備に気付いていたはずです。したがって法律を修正しておけばよかったのです。しかしそれが面倒だったのでしょう。そこで前回批判した「通達行政」のごまかしをやったのだろうと思います。</p>

<p>ところでマスコミ等は、二重課税を受けた人は既に十万人以上に上るとして、これらの人への還付策を論じています。参院投票日直前だったせいもあってか、野田財務相も特別法を制定してまでして還付したいなどといった、これまたエエカッコーシイの談話を出しています。</p>

<p>　しかし私は、相続税を負担していない「99％」の人には、無理をしてまで所得税を還付する必要はないと思います。ですから現行の法規定のとおり、「後発的事由に基づく更正の請求として、これを知った日の翌日から２ヶ月以内に実施」した人のみに還付すればいいように思います。</p>

<p>その一方、残る「１％」の人には実質的にも二重課税が生じています。しかもそれは国税当局の「失政」が原因です。<br />
そうであれば、過去５年程度の相続税の申告書を当局がすべて調べ、二重課税相当額を職権で還付するといった対応をすべきと思います。それはまた、「安易な課税を行うと後々面倒なことになる」、という自身への戒めにもなるからです。　<br />
                                                                         つづく</p>

<p><br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>年金受取保険金の二重課税問題への最高裁判決（その１）</title>
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    <published>2010-07-08T10:28:27Z</published>
    <updated>2010-07-08T10:31:37Z</updated>

    <summary> この7月６日に、死亡保険金の年金受取分への所得税課税に関して、「これは二重課税に当たり違法」とする最高裁判決がありました。「相続財産には所得税を課さない」とする所得税法（９条）の規定に違背するというものです。この判旨は誠にもっともといえま...</summary>
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        <![CDATA[<p> この7月６日に、死亡保険金の年金受取分への所得税課税に関して、「これは二重課税に当たり違法」とする最高裁判決がありました。「相続財産には所得税を課さない」とする所得税法（９条）の規定に違背するというものです。この判旨は誠にもっともといえましょう。<br />
とはいえ私はこうした事案に縁がなかったせいもあって、この点の問題意識を有していませんでした（勉強不足）。しかし考えれば考えるほど、これは多岐にわたる問題を含んでいます。</p>

<p>その第一は、国税当局の許されざる恣意的取扱いという側面です（この点は、珍しく日経新聞が７日の社説がこき下ろしています）。<br />
所得税法の規定により、一時金として受け取る保険金には所得税を課しません。しかし「これを年金形式で受け取る場合には課税対象にする」という取扱いは、あまりにも無理があります。</p>

<p>しかし当局は次の意味不明ともいうべき数十年前の通達により、この無理を納税者に強要してきました。「保険金とは保険請求権を意味し、年金形式の場合は年金受給権がこれに当たる。毎年受け取る保険金は受給権そのものではなく、年ごとに受給権から発生する別種の債権（枝分権）であるから、保険金には当たらない」。<br />
しかしこれは屁理屈の極み。お話になりません。</p>

<p>実は後述するように、「年金受取の場合は所得税を課税すべき」という発想はよく分かります。考えようによってはそうすべきなのかもしれません。しかしそれには税法を改正した上で行わなければなりません。<br />
国税当局はこれが面倒なのでしょう。そこで当局の一存で何とでもなる「通達」で、「課税すべし」を決めたのです。そこには「国会が定めた税法と抵触しようがしまいが、実際の課税をどうするかはわれわれ役人が決める」という、役人特有の強烈な思い上がりがみてとれます。むろんそのような行為や発想は許されるものではありません。</p>

<p>第二の問題は、実際にはそうした国税当局の違法な行為・発想が、長年にわたり許されてきているという点です。それは法律よりも通達が優先されるという、今日の「通達行政」ぶりに表れています。<br />
むろんこうした状況は国税当局だけはありません。ある意味当然ながら、他の中央省庁も全く同じです。「法治国家」という用語がむなしく響くのです。</p>

<p>その原因の大なる部分は裁判所にあるように思います。こうした違法を訴えても、裁判所がそのほとんどすべて国側を勝たしてしまうからです。そこには理論も社会正義もありません。要するに裁判所は「行政側を守るための機関」というべき存在です。これにより各行政機関は、後顧の憂いなく違法行政をも推進していくわけです。<br />
となれば国民の側（とりわけ税理士といった専門職業家）は、「国に逆らってもどうにもならない」として、あきらめの境地に陥ります。こうした行政に従うしかないわけです。</p>

<p>こうした中、長崎県の一主婦が税理士の力を借りて、この裁判を起こしました。幸い一審では勝訴したのですが、組織の論理に忠実に従ってきた人で構成されているであろう高裁では負けてしまいます。そして今までであれば、最高裁も当然に国を勝たせるはずでした。理屈など何とでもつくのです。<br />
しかし驚くべきことに最高裁は今回、納税者側を勝たせました。これはすばらしいことです。と同時に、裁判を勝ち抜いた二人に敬意を表しておきます。</p>

<p>実は近年、こうしたあるべき判決が少しずつ増えてきているように思われます。きっかけは、こうしたどうにもならない司法（とりわけ刑事司法は破綻状況）の制度改正の動きだったでしょう。<br />
そしてその最大の成果というべきものが、前年にスタートした裁判員制度です。もっとも今回のような行政訴訟は、裁判員裁判の対象ではありません。しかしその存在そのものは、行政訴訟の風向きにかなりの影響を与えているように思います。</p>

<p>さて既に話がかなり長くなっています。そこで第三の問題については次に回したいと思います。とはいえわたしが書きたかったのはこの第三の点です。したがって以下にその要旨を簡単に述べておくこととします。</p>

<p>・今回のような死亡保険金の年金受取への所得税課税は、実質的に二重課税に当たるケースは極めて稀である。<br />
・理由は、年金受取とした死亡保険金に対して相続税を払っている人は極めて少ないからである。<br />
・したがって、遺族として受け取る年金保険に所得税が課されなくなる一方、本人が保険料を払って自身が受け取る個人年金に所得税が課されるのは、不公平というより他ない。<br />
・ただし稀といえ、現行制度では両税の納付を余儀なくされる人もいる。こうした二重課税は許されるものではないため、新たに両税の調整のための規定を工夫すべきである。<br />
</p>]]>
        
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    <title>痴漢無罪判決における、あきれた検察の対応</title>
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    <published>2010-06-25T10:05:33Z</published>
    <updated>2010-06-25T10:07:22Z</updated>

    <summary>いやはや、検察というのはどうにもならない組織ですネ。私もここまでひどいとは思っていませんでしたよ。 まあ聞いて下さい。女子高生の下半身を触ったとして、35才の男性が女子高生に列車内で手をつかまれました。男性は終始これを否認していたのですが、...</summary>
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        <![CDATA[<p>いやはや、検察というのはどうにもならない組織ですネ。私もここまでひどいとは思っていませんでしたよ。</p>

<p>まあ聞いて下さい。女子高生の下半身を触ったとして、35才の男性が女子高生に列車内で手をつかまれました。男性は終始これを否認していたのですが、あれよあれよで起訴されました。<br />
であれば裁判は何にも審理しないまま、即「有罪」というのがいつものパターンだったわけです。</p>

<p>ところがこの事件には、科学的捜査が行われていたんですね。それによると、男性の指先等からは、女子高生の着衣と同じ繊維は検出されません。おまけにその下着から出たＤＮＡも一致しませんでした。そして昨日、これらを理由に男性に無罪判決が出されたわけです（6月25日付読売新聞）。むろんこれは真っ当な判決です。</p>

<p>ところがこれについて検察が驚天動地の発言です。「予想外の判決。上級庁と協議し、対応を検討する」。<br />
一体何を協議しようというんですかね。検察の担当者は当然坊主でしょうが、「その上司も丸刈りにさせるかどうか」の協議でもやるんでしょうか。</p>

<p>そもそも毎度この欄で強調していましたけど、検察官から起訴された刑事被告人の有罪率は99.9％と異様な水準です。「なぜそんなに高いのか」の質問に対して、検察側は「われわれは絶対に有罪という事案にしぼって起訴しているから」、というウソ臭いことを言っていました。</p>

<p>そして同じ穴のムジナの司法関係者が、これを「精密司法」とおだてていたわけです。何が「精密司法」だよ。既に冤罪が山ほどあるじゃないの...。むろん「99.9％」は、裁判所と検察とが「馴れ合い裁判」をやっていた証拠以外の何ものでもありません。</p>

<p>ところが裁判員制度の導入で、さすがの裁判所もちっとは考えたみたいです。最高裁は、平成21年４月の防衛医大教授への逆転無罪判決で、「被害者の供述のみの場合の審理は特に慎重に」という、まるで当たり前の指示を出しました。またこれを受けて、警察庁は21年6月に全国の県警本部に対して、科学的捜査の導入を含めまともな捜査をやるように通達しています。<br />
要するに警察等はそれまで、何の調べもやらないまま「この人痴漢です」だけで自白を強要。裁判所は裁判所で、最後まで無罪を訴える人を含めみんな有罪にしていたわけなんです。これが「99.9％」の実態。「精密司法」など笑ってしまいます。</p>

<p>むろんこの件の科学的捜査はこの警察庁の指示によるもの。なにせこの組織はもろに体育会系ですから。<br />
そしてこうした証拠が出た以上は、男性は直ちに無罪放免されるべきでしょう。ましてこの男性は、自白の強要に抗して最後まで無実を訴えていましたのです。それにしてもよく頑張りましたね。<br />
それでも検察はこの男性を起訴しました。警察に気兼ねしたのか、別の真犯人追及が面倒だったのか知りませんが、まるでお話になりません。</p>

<p>おそらく検察等には、「裁判所は検察のいうことなら、今までどおりに何でも聞いてくれるはず」という確信があったんでしょう。しかし信頼感も時によりけり。あんな最高裁判決が出ている以上、下級審もこう判決するより他ないじゃないですか。<br />
検察はなぜそうした状況が読めないんですかね。このＫＹぶりはあきれるばかり。その上での「予想外の判決。上級庁と協議し、対応を検討する」のコメント。先に「驚天動地」と評した気持ちが分かるでしょう。</p>

<p>「いやはや、検察というのはどうにもならない組織ですネ。私もここまでひどいとは思っていませんでしたよ」。これが本欄の書き出しです。これも分かっていただけますよネ。</p>]]>
        
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    <title>バランスを欠く、角界の野球賭博厳罰主義</title>
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    <published>2010-06-23T13:04:48Z</published>
    <updated>2010-06-23T13:07:46Z</updated>

    <summary>おいおい本当かい。この琴光喜らを永久追放しようっていうのは。今日のスポーツ新聞では、特別調査委員会の望月弁護士なる人が、記者会見でやたら厳しいことを言っているじゃありませんか。 確かに、暴力団とのかかわりがある野球賭博にのめり込んだのは、か...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.moritax.jp/">
        <![CDATA[<p>おいおい本当かい。この琴光喜らを永久追放しようっていうのは。今日のスポーツ新聞では、特別調査委員会の望月弁護士なる人が、記者会見でやたら厳しいことを言っているじゃありませんか。<br />
確かに、暴力団とのかかわりがある野球賭博にのめり込んだのは、かなり具合が悪いというのは分かります。琴光喜は大関という高い位置にいる上、金額も何百万だか何千万円だかのけっこうな額になっています。だからある程度重い罰は必要だと思いますヨ。しかし永久追放はやり過ぎ。これじゃ人生が吹っ飛んでしまいます。</p>

<p>なになに、「かなり昔の野球賭博（黒い霧事件）では、八百長に関与した選手が永久追放になっている。だから相撲も甘い対応をしてはいけない？」<br />
バカなこと言っちゃいけませんよ。あっちは野球賭博のために（試合でわざとエラーするとか）八百長をやったという話じゃないの。そんなとんでもない悪事と、単に野球を賭け事の対象にしたというのでは、まさに月にスッポン。まるで比較になりません。この弁護士さん、その辺が分かっているのかネ。</p>

<p>いやこの際本音で迫っていきましょう。そもそも賭け事ってそんなに悪いものなんですかネ。麻雀は95％以上（99％以上という説も）が賭けているだろうし、一部のゴルフや囲碁・将棋もやっていますよ。<br />
だから相撲界も、こうした賭け麻雀や賭けゴルフと同じような感覚で、みんなでどっぷり浸かっていったんだろうと思います。背後に暴力団がいるというのも、どこまで深刻に考えていたんでしょうかね。</p>

<p>だって相撲界にはこれよりはるかに悪いものがあるでしょう。そして相撲取りは皆これが悪いということは知っています。しかし相撲協会幹部をはじめ、皆（大マスコミを含め）これを見て見ぬふりをしていますネ。<br />
むろんそれは多くの人がやっている八百長相撲です。確かに八百長なしのガチンコ相撲はしんどい。当然けがも多くなり、力士生命は短くなります。しかし注射相撲がおもしろいわけがありません。こんなことは本来絶対にやってはいけません。だから貴乃花や栃東のように、ガチンコを通す力士もそう少なくはないのです。</p>

<p>だから八百長相撲に比べれば、野球賭博などかわいいもの。下手をすりゃ「何でこれがいけないの」といった気分だっんじゃないですかね。だから複数の親方を含め何十人もやっていたわけです。</p>

<p>ところで宝くじというのは賭博ではないんでしょうか。サッカーの勝ち負けを当てるtotoとかいうのは野球賭博とどこが違うんでしょうか（実はどちらもやったことはないのでよく知りません）。<br />
みなさん知ってますか。実は野球賭博とこれらには極めて大きな差があるンですよ。つまり野球の方は寺銭が暴力団に入り、サッカーはこれが役人の天下り団体（文科省所管）に入るという違いデス（ちなみに宝くじは旧自治省の所管で、先頃は宝くじの配分にあずかる多数の天下り団体が、事業仕分けの対象となったばかりだったですネ）。<br />
しかし見方によっては、「役所も暴力団もその腕力の故に、一般市民を大いに困らせている存在」という点はむしろ似ているんじゃありませんか。</p>

<p>いずれにしても、特別調査委員会（とりわけ望月弁護士）は「正義の味方」といった気分で、舞い上がっているんじゃないですかね。しかも理事長ら相撲協会の幹部には、今のところ厳しいお沙汰は出していません。だからなんか「弱いものいじめ」にさえ見えてきちゃいます。</p>

<p>私は子供の頃からけっこう相撲が好きでしたね。野球その他のスポーツは全くダメですが、子供の頃は相撲がけっこう強かったんですヨ。まあそんなことはどうでもいいんですが、ここで私なりの角界の処分案をお示ししましょう。<br />
まずは即時理事長以下の全理事の退任（彼らの古い感覚はどうにもなりませんものネ）。そして代わりに半数以上の外部の人の常勤理事を入れます。これでまずは常識の通用する社会にします。<br />
そして内部昇格の新理事を含め、これらの人選を急ぎます（むろんそれまでは現在の体制でいくものの、名古屋場所はお休みとします）。まあ新理事長は、貴乃花が衆目の一致するところでしょう。</p>

<p>ここまでやれば世の中は十分納得するはずです。ですから野球賭博の罰は、ほどほどでいいでしょう（たとえば琴光喜は強制引退、退職金等はＯＫで相撲界に残れる）。<br />
その上で今後は、貴乃花理事長以下全員で、注射相撲根絶に向けて相撲界全体に目を光らせる。こうすれば、二十歳未満の若手を含め、「何がよくて何が悪い」かが明白になります。災い転じて福。こうしたいい意味の緊張感で、相撲界は一気に変わること必定。めでたしメデタシ...。以上、お粗末の一席でした。</p>]]>
        
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    <title> 出ました、裁判員裁判による初の完全無罪判決</title>
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    <published>2010-06-23T07:04:27Z</published>
    <updated>2010-06-23T07:06:57Z</updated>

    <summary>  待ち望んでいた判決がついに出ました。６月22日の裁判員裁判による完全無罪判決です。 それは、チョコレート缶に覚醒剤を忍ばせて入国しようとした日本人男性が、成田で逮捕された事件です。男性は一貫して、「知人に持ち込みを頼まれたが、中身が覚醒...</summary>
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        <![CDATA[<p>  待ち望んでいた判決がついに出ました。６月22日の裁判員裁判による完全無罪判決です。<br />
それは、チョコレート缶に覚醒剤を忍ばせて入国しようとした日本人男性が、成田で逮捕された事件です。男性は一貫して、「知人に持ち込みを頼まれたが、中身が覚醒剤とは知らなかった」と主張しています。したがって裁判の争点は、男性がこれを違法薬物と認識していたかどうかでした。</p>

<p>こうした違法物の運び屋への引渡は海外で行われます。ですからこうした事件では、一般に被告の認識についての直接的な証拠が得にくい状況にあります。<br />
となれば検察は状況証拠で攻めていくしかありません。検察側はこの件でも、税関で覚醒剤が発見された前後の男性の言動に不自然な点があったなどの状況証拠を積み上げて、有罪を立証しようとしています。</p>

<p>たとえば「チョコレート缶は300ｇもよけいに重かったから分かるはず」、「持ち込み依頼の経緯が不自然」、「税関検査での対応ぶりも不自然」といったものです。<br />
しかし裁判員はこの程度では証拠が少なすぎとして、有罪（求刑は懲役12年）にはできないと考えました。そして「疑わしきは罰せず」として無罪判決となったわけです。</p>

<p>この無罪判決からは二つの重大な点が読み取れます。そのひとつ目は、このような誰が見ても無罪と考えるであろう事案に関しても、従来は有罪判決が出されていたということです。</p>

<p>それは新聞の「検察当局はこれまで、（違反物発見時の被告の反応等を根拠に）覚醒剤を運んだ認識があったと主張し、有罪判決を得てきた」という解説記事からもわかります。<br />
結局のところ、裁判所は検察のいいなりに、何でもかんでも有罪判決を出してきたといって過言ではありません。だからこそ「刑事被告人の有罪率99.9％」、という金字塔が打ち立てられているのです。そして裁判員制度によってはじめて、そうしたデタラメ裁判が否定されたわけです。<br />
もう一点は、「裁判員は何を判断するのか」という、この制度の本質にかかわる点です。この正解は「被告人は有罪か無罪か」ではありません。<br />
判断すべき対象は、「被告人が有罪であるとする証明を、検察官がきっちり行ったかどうかです。すなわち裁判員は、「通常人なら誰でも、有罪であることに疑いを差し挟まないであろうといった程度までに真実らしいとの確信」を得られない限り、無罪としなければなりません。</p>

<p>裏返していえば、弁護側は被告人が無罪であることを立証する必要はありません。それ以前に、通常は犯行を否認している被告人は、（証拠を隠滅する恐れがあるなどとして）釈放されません（実はこの措置は違法というべきです）。ですから被告・弁護側は無罪の証明などできるわけがありません。<br />
その一方、検察側は強大な権限を基に強力な捜査権が認められています。検察側が一方的に有罪の立証責任を負うのは当然です。そしてこれが刑事訴訟法・刑事司法の鉄則なのです。</p>

<p>　しかし何年も前から、裁判所は検察の立証責任のハードルを著しく下げてきました。そしてあたかも、弁護側が無罪の立証責任を負っているかのごとき判断を行います。<br />
その上で無理にでも無罪を立証しようとする被告側の対応を称して、「こうした被告人の弁明の矛盾は、いっそう彼が真犯人であることを推認させる」などといいます。そしてこれにより検察の立証の不出来ぶりを補い、強引に有罪判決に持ち込んでいたケースも少なくないようです。</p>

<p>こうした状況下で、裁判員制度がスタートしました。であれば判断基準は、法に則り「検察側が有罪を証明できたか」でなければなりません。それは常識にも叶います。そして裁判官は裁判員に対して、最初の段階でこの点をしっかり説明（教示）しなければなりません。</p>

<p>しかし今回の裁判員裁判をみる限り、こうした点の教示が裁判員に対してしっかり行われていたようにはみえません。それは裁判終了後の記者会見で、無罪とした理由を、「検察側の証拠がなかっただけ。弁護側の主張を信じるしかなかった」とか「被告の心の中が分からなかった」といった発言からわかります。<br />
つまり裁判員は、無罪であるという心証を得るべく懸命に議論していたのです。しかしむろんそのようなことは必要ありません。「検察側の証拠がなかった」。ただそれだけでいいのです。</p>

<p>やはり裁判所は「裁判員裁判でも、なるべく有罪判決を出したい」と考えているようです。確かに無罪判決が大量に出てしまえば、今までの「99.9％」は何だったのか、という声が出るでしょう。<br />
となれば、「裁判員は何を判断すべきか」といった本質論等を世に広めること等により、従来のデタラメともいうべき刑事司法を改善して行くべきと考えるしだいです。</p>

<p>                                                                    </p>]]>
        
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    <title>使用価値を無視する、最高裁の損害賠償判決</title>
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    <published>2010-06-18T09:15:28Z</published>
    <updated>2010-06-18T09:16:30Z</updated>

    <summary>  6月17日に、最高裁から損害賠償に関して妙な判決が出された（18日付読売新聞）。 購入した住宅に重大な強度不足が判明したが、購入者は経済的理由でその後もずっと住み続けている。この場合の欠陥に対する損害賠償額がどうなるかの話だ。二審は、そ...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.moritax.jp/">
        <![CDATA[<p>  6月17日に、最高裁から損害賠償に関して妙な判決が出された（18日付読売新聞）。<br />
購入した住宅に重大な強度不足が判明したが、購入者は経済的理由でその後もずっと住み続けている。この場合の欠陥に対する損害賠償額がどうなるかの話だ。二審は、その建築費にほぼ匹敵する賠償額を命じたが、事業者の側はこの点を理由に賠償額の減額を主張したのだ。</p>

<p>最高裁は次のように判示した。「住宅は強度不足で倒壊の恐れがあるなど、経済的な価値はないことは明らかで、住み続けていることを利益ととらえて損害額を減らすことはできない」。<br />
　一見もっともらしいが、以下に述べるとおりこの判決に承服しかねる。常識的な観点からも大いに疑問だ（ただしこの件の詳細は不明で、あくまでも新聞記事の内容が前提）。</p>

<p>価値には少なくとも交換価値（判決のいう経済的な価値）と使用価値の二つがある。購入者は重大な欠陥により交換価値のすべてを失った。しかし強度に不安があるとはいえ、使用価値はまだそれなりに残っている。<br />
現に世の多くの人は、大地震に直撃されれば倒壊する恐れのある家に住んでいる争点となった家の強度も、一般の古い家屋と大差ないのではあるまいか。それでもそれらの居住者は、その使用価値をフルに享受している。</p>

<p>とはいえこうした使用価値は個人差が極めて大きい。「そんな怖い家に住むのはイヤだ」と思う人にとっては、使用価値はゼロとなる。その意味から使用価値の客観的な測定はできない。<br />
だからといって使用価値を軽くみることはできない。そもそも価値の源泉は使用価値であり、交換価値もこれをベースに成立する。</p>

<p>　さてこの最高裁判決は、経済的な価値（交換価値）のみを問題とし、使用価値を考慮しなかった。「被害者は住みたくて住んでいるわけでないと思われ、その使用価値は極めて少ない」、というのであれば話は分かる。しかし判決はそうではない。使用価値を完全に無視したのだ。<br />
　<br />
しかしこの判決によれば、「住宅が不当に破壊された場合でも、それが経済価値のない古い家であれば損害賠償の対象とはならない」ということになる。これだけでこの判旨は破綻。使用価値を無視したことによる致命的矛盾である。</p>

<p>この判決も、「頭でっかちなばかりで常識を知らない」という裁判官の特質がよく表れている。<br />
繰り返すが、判決のいう「強度不足で倒壊の恐れがある住宅」など、世の中には山ほどある。そして「その"恐れ"が現実に発生する確率はゼロに近い」と考えているからこそ、（この購入者を含め）住人はそこに平気で住んでいる。結局この購入者はこの判決のおかげで、強度不足とはいえきれいな家を只に近い額で手に入れたわけだ。常識的にいえば話がうますぎるといえよう。</p>

<p>一方この判決からは、「こうした不動産・建築事業者を悪者にさえしておけば、世の中は納得するはず」といった、最高裁の安易な発想が透けてみえるように思えてくる（不動産業界にも身をおく者のひがみかもしれないが）。<br />
裁判所という小心者の組織は、かなり世論の動向を気にしている（迎合しているとまではいわないが）。法律など何とでも解釈できるのだ。<br />
　したがって、訴えられた者が大病院や超大企業といった場合には、こうした被害者擁護の判決は皆無といってよい。裁判所は強い者（とりわけ役所）の味方なのである。</p>

<p>　余談ながら、「最高裁が交換価値ゼロと断定したこの家屋に、どのような固定資産税評価額が付されるか」を考えておきたい。実は「固定資産税評価は交換価値を評価せよ」と定められている。したがって当然にその評価額はゼロとなるはずである。<br />
　しかし現実の評価額は一般のものと変わらない。この価値ゼロの家にもしっかり固定資産税が課される。</p>

<p>世の中にはこうした家屋（空室ばかりのアパート、客の全く来ない豪華リゾートホテル、管理のなされていないボロ屋等）は極めて多い。しかしこれらは、すべて通常の管理・使用がなされているとして評価されてしまう。だから高額な課税がなされる。<br />
むろんこうした評価・課税は全くの違法である。さらに余談ながら、私はこうした明白な違法を何度も裁判で争ったがすべて敗訴。繰り返すが、裁判所は強い者（とりわけ役所）の味方なのである。<br />
</p>]]>
        
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    <title>地方公務員共済経営の赤字ホテルへの、許されざる税金投入</title>
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    <published>2010-06-15T09:49:21Z</published>
    <updated>2010-06-15T09:52:32Z</updated>

    <summary>このような醜い話があるのか。読売新聞は6月13日付で「地方公務員共済、赤字ホテルに公金193億円」と報じている。地方公務員共済組合は昭和40年頃からリゾートホテルを全国各地に建設。開設当初から生じていた赤字の穴埋めに投じられた税金は、700...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.moritax.jp/">
        <![CDATA[<p>このような醜い話があるのか。読売新聞は6月13日付で「地方公務員共済、赤字ホテルに公金193億円」と報じている。地方公務員共済組合は昭和40年頃からリゾートホテルを全国各地に建設。開設当初から生じていた赤字の穴埋めに投じられた税金は、700億円を超えるという（なお組合員の積立金からも同額を投入している）。</p>

<p>総務省の担当者はこう言う。「当時は大型ホテルも少なく、公務員が団体旅行で利用できる施設が必要との考えから建てられた。最初から採算は二の次だった」。要するに、最初からホテル事業の赤字に税金を投入するつもりでいたわけである。</p>

<p>しかしこの共済組合は単なる公務員の集まりであり、公的な組織ではない。例えていえば自動車工業従業員共済会（実際にそのようなものがあるかどうかは承知していないが）のようなものである。そしてその「共済会」が独自にホテルを取得・経営し、大幅な赤字を計上した。そしてその赤字を税金で穴埋めしてもらったといったところになる。</p>

<p>この例えに関しては、共済組合はこう反論するだろう。「いや自動車共済会が赤字になれば、その雇用主である自動車会社が救ってくれるはずだ。共済組合の場合もその雇用主（自治体）から補填を受けただけである」。</p>

<p>しかし果たして民間会社がそのような安易な補填をするかどうかは、大いに疑問である。少なくとも民間の共済会であれば、赤字補填を当てにして杜撰な経営をするなどということはありえない。<br />
このような赤字補填という名の税金投入は、実質的な公金の横領以外の何ものでもない。しかも当初から赤字発生が当然視されていた以上、その横領は当初から計画的なものだったわけである。</p>

<p>しかし年金のグリーンピアといい簡易保険のかんぽの宿といい、リゾートホテルについてのデタラメは限りがない。しかしグリーンピアもかんぽの宿も、（実際は国民の財産ではあるが）形式的には税金を投入したのではないといえる。つまり厚生年金の積立金等を食いつぶしたに過ぎない（とはいえこれらは、もっと醜いというべき則面があるが）。</p>

<p>それでもこの税金投入は、形式的には自治体の予算に計上され議会の承認を受けているのであろう。だから「むろん横領ではない」という理屈になる。その意味から、新聞もこれを「不適切」という表現をしている。<br />
それもあってか、共済組合の担当者はそれでも「ホテルは組合員の健康を維持するために必要」という。とはいえ「必要」の本音は、既に作り上げた天下り先の維持にあろう。むろん本当に必要であるならば、共済組合だけの資金で運営すればいいのである</p>

<p>それにしても、このようなデタラメの予算を作成しこれを通す役人、首長、議会はどうなっているのだろうか。<br />
今や「地方の時代」といわれつつある。政権与党の民主党も「地方主権」を打ち出している。こうした中、未だに税金横領に等しい腐りきった自治体の現状。まさに「痴呆の時代」と称すべき状況なのである。<br />
</p>]]>
        
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    <title>メールマガジン（毎週水曜）配信中</title>
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    <published>2010-06-11T10:32:05Z</published>
    <updated>2010-06-11T10:45:12Z</updated>

    <summary>全国組織「相続支援ネット」顧問 森田義男から配信されるメールマガジン、是非ご登録下さい。 『新：相続のプロ集団！相続FP登場』（無料配信） 話しても止まらないモリタックスは、執筆のエネルギーも止まりません！下記最新号です。 ────────...</summary>
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        <category term="お知らせ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.moritax.jp/">
        <![CDATA[<p>全国組織「相続支援ネット」顧問 森田義男から配信されるメールマガジン、是非ご登録下さい。<br />
<a href="https://regssl.combzmail.jp/web/?t=cf27&m=8m5j" target="_blank">『新：相続のプロ集団！相続FP登場』</a>（無料配信）</p>

<p>話しても止まらないモリタックスは、執筆のエネルギーも止まりません！下記最新号です。<br />
──────────────────────────────────────────────────────<br />
【1】「官」の用語を排除せよ（２／３）<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　相続支援ネット顧問 森田義男</p>

<p>前回のコラムでお示ししたとおり、私は「官」という用語が大嫌いです。<br />
しかしマスコミはやたらと「官」を使います。それは役所・権力におもねて<br />
いるとしか思えません。そもそも「官僚」は法律用語にはないはずです。</p>

<p>常に正確な用語を使用すべく努めているマスコミ（とりわけＮＨＫ）は、国<br />
家公務員という用語を使わなければならないはずです。</p>

<p>たとえば民間人が職場を去れば退職です。しかしそれが役人であれば、ほと<br />
んどの場合に退官といいます。なぜ退職ではいけないのでしょうか。昔は刑<br />
務所の勤務員を看守といっていましたが、約20年前頃から刑務官と言い出し<br />
ました。</p>

<p>裁判所の判事という職責に官を付して裁判官というのは分かります。彼らは<br />
偉いとされているのですから。しかし単なる事務員や書記にすぎない者を、<br />
事務官だ書記官だなどとおだてます。だから彼らは勘違いして威張り散らす<br />
のでしょう。</p>

<p>確かに組織内部の職制（官職）上は事務官・書記官なのでしょう（役所は何<br />
でもかんでも官を付けたがります）。しかし外からみれば彼らは裁判所職員<br />
です。</p>

<p>それは選挙における候補者の職業欄の表示をみれば分かります。例えばそれ<br />
は○○省職員であり、○○省調査官ではありません。これはいわゆるキャリ<br />
アであれ何であれ同じことです。彼らの職業・地位が国家公務員である以上、<br />
これが当然の表示となるわけです。</p>

<p>いうまでもなく官尊民卑など絶対に許してはなりません。まあ公僕（パブ<br />
リックサーバント）とまでは言いませんが、両者はあくまで対等の関係のは<br />
ずです。しかし「官」を名乗らせると、偉くなったと勘違いさせてしまいま<br />
す。また一般人も何となく気押されます。</p>

<p>民間と役所が共同で事に当たるときは、必ず「官民あげて取り組む」といい<br />
ます。いかにも「下々の要請に応えて、お上がこれに協力してやっている」<br />
といったイメージです。最近では単なる公務員であるはずのものを、「行政<br />
官」などとおどろおどろしく言い始めたようです。一体何様のつもりなので<br />
しょう。</p>

<p>「官」は、国と地方との関係においても由々しいものとしています。実は<br />
「官」の字は、地方公務員は使用することができません。</p>

<p>しかし「カン」の響きがあまりにいいものですから、やたら違う字を当てて<br />
自らを慰めています。例えば○○主幹といった形です。主幹には、主管とか<br />
主監といった字を使って区別をしたりしています。その対応ぶりにはいじら<br />
しさすら感じます。</p>

<p>固定資産税は市町村の基幹業務です。そして各市町村には必ず1人の固定資<br />
産評価額を決定する責任者がいます。たいてい総務部長とか助役とか偉い人<br />
がなるのですが、地方税法はこの人を「固定資産評価員」といいます。また<br />
建築確認申請を受理・判断する責任者（これも偉い人です）は「建築主事」<br />
です。固定資産評価官や建築官を名乗れないのです。</p>

<p>私が小学生の頃、小学校の庶務のおじさんを「小使いさん」と呼んでいまし<br />
たが、それでは失礼というので「用務員さん」なりました。その後それも具<br />
合が悪いというので「主事さん」になったそうです（これも昔の話で、今は<br />
何と呼んでいるかは存じません）。いずれにしても固定資産評価員や建築主<br />
事は、昔の「小使いさん」なみの名前に過ぎないわけです。ちなみにこうし<br />
た上下関係植え付けるような名称は、法案を作成する中央省庁の役人が採用<br />
しています。</p>

<p>むかし私の高校の先生が言っていました。「私の職業に対しては教師、教員、<br />
教諭といったいろいろの表現がある。しかし私の一番好きな名前は教官であ<br />
る」。その気持ちはよく分かります。しかし残念でした。私の通った学校は<br />
都立高校ですから教官を名乗ることはできません。<br />
　<br />
官公庁という用語があります。これは国の役所を官、県や市の役所を公と称<br />
しているとのことです。国公立大学という表現も同じです。つまり国の役人<br />
が両者の区別（まあ差別とまではいいませんが）にいそしんでいるわけです。</p>

<p>しかし本来これに協力すべきマスコミは、時として地方にも官を使います。<br />
これも旧聞に属しますが、国の役人が地方へ出向いたとき地方公務員がこれ<br />
を接待することを称して、「官官接待」といいました。国側は「失礼な、官<br />
公接待というべきではないのか」と思ったかもしれません。</p>

<p>また民間と地方自治体が協力して事に当たるに際して、マスコミは「官民あ<br />
げて」といいます。これは「公民あげて」のはずです。</p>

<p>地方が「官」を使用できないと同じ意味からなのか、民間も「官」の使用を<br />
控えています。私の知る限り例外は二つ。指揮官と面接官です。前者は野球<br />
とかサッカーの監督を称しての表現です。また後者は正社員採用における適<br />
否を判断する人をいいます。</p>

<p>つまり両者とも、絶対的な判断力を委ねられた人という意味です。「官」は<br />
こうした人に限って使用します。いかに一般社会がこれに重みを感じている<br />
かが分かろうというものです。</p>

<p>以上のとおり「官」は官尊民卑と、国・地方の上下関係とを著しく助長する<br />
用語です。したがって「官」は最大の差別語として、使用を禁止するべきで<br />
あると考えます（国家公務員法は改正）。</p>

<p>そして役所をひと言で表現する場合には「公」を、役人・公務員を表すには<br />
「員」を使用すればいいと思います（「員」が安っぽいと思えば、民間と同<br />
じく「者」「役」でもいいとしましょう）。ただし使用禁止の大例外として<br />
裁判官、検察官、外交官、警察官、自衛官くらいまでは認めてもいい（登記<br />
官までいくと不可）ようには思いますが...。</p>

<p>以下次号</p>

<p>『新：相続のプロ集団！相続FP登場』メールマガジン Vol.9 （2010.6.9）より</p>]]>
        
    </content>
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    <title>東京第 10期相続FP養成スクール</title>
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    <published>2010-06-11T10:16:59Z</published>
    <updated>2010-06-11T11:15:13Z</updated>

    <summary>相続ＦＰ養成スクール校長　森田義男です。第一日目の講義は相続税についてです。 今回はおかげさまで満員御礼！すっかり講義のテンションも上がります。 「相続FP養成スクールは、大好評のうちに東京9回と大阪4回の延べ13回開催し、既に300人の修...</summary>
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        <name>moritaxjp</name>
        
    </author>
    
        <category term="お知らせ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.moritax.jp/">
        <![CDATA[<p>相続ＦＰ養成スクール校長　森田義男です。第一日目の講義は相続税についてです。<br />
今回はおかげさまで満員御礼！すっかり講義のテンションも上がります。</p>

<p>「相続FP養成スクールは、大好評のうちに東京9回と大阪4回の延べ13回開催し、既に300人の修了者を輩出しています。専門分業化の時代を迎え、ＦＰならびに各士業の方々においても相続を専門と表明している方々が増加しています。相続税の大増税時代ががいよいよ秒読みとなり、相続大衆化の到来をまじかに控え、相続を専門とするＦＰならびに各士業の仕事も飛躍的に増大することが見込まれています。相続FP養成スクールでは、相続問題の処理をあらゆる角度から修得できる業界初の体系的な講座です。相続が専門ではないＦＰならびに各士業の皆様、また知識に自信のない職員の皆様が参加できるように基礎から応用までを網羅した実践的な内容であると自負しております。」<a href="http://www.souzoku.gr.jp/school/nn/10fp.html" target="_blank">FP継続教育セミナー 相続FP養成スクール</a>より</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.moritax.jp/assets_c/2010/06/20100605101238-81.html" onclick="window.open('http://www.moritax.jp/assets_c/2010/06/20100605101238-81.html','popup','width=640,height=480,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.moritax.jp/assets_c/2010/06/20100605101238-thumb-100x75-81.jpg" width="100" height="75" alt="20100605101238.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.moritax.jp/assets_c/2010/06/20100605101208-82.html" onclick="window.open('http://www.moritax.jp/assets_c/2010/06/20100605101208-82.html','popup','width=640,height=480,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.moritax.jp/assets_c/2010/06/20100605101208-thumb-100x75-82.jpg" width="100" height="75" alt="20100605101208.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span></p>]]>
        
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    <title>不当極まる弁護士の対応</title>
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    <published>2010-06-08T05:52:45Z</published>
    <updated>2010-06-09T23:58:57Z</updated>

    <summary>６月２日の読売新聞は、過大報酬を請求した弁護士を横浜弁護士会が処分したことを報じています。しかしその実態は「横領」。過大報酬請求といった生やさしい話ではないように思われます。 請求の内容は、自動車メーカーに対する損害賠償請求訴訟の弁護士報酬...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.moritax.jp/">
        <![CDATA[<p>６月２日の読売新聞は、過大報酬を請求した弁護士を横浜弁護士会が処分したことを報じています。しかしその実態は「横領」。過大報酬請求といった生やさしい話ではないように思われます。</p>

<p>請求の内容は、自動車メーカーに対する損害賠償請求訴訟の弁護士報酬。大型トレーラーから外れたタイヤの直撃による死亡事故についてのものです。この弁護士は、支払われた賠償金等の670万円全額を、報酬として取り上げてしまったというのです。<br />
　むろんこの弁護士は着手金もしっかり受け取っているはずです。その上で遺族が受け取るべき賠償金のすべてをすべてむしり取る。まさに詐欺・横領以外の何ものでもありません。</p>

<p>　このデタラメをやった弁護士は、「この報酬額は、ある計算式で算出しただけのもの」と、悪びれた様子もありません。弁護士会の業務停止6ヶ月という懲戒処分ですら、これを不当として審査請求を申し立てています。</p>

<p>　この種の問題はかなり多発していると思われます（泣き寝入事案は山ほどあるでしょう）。そしてその最大の原因が、訴訟に関係する金銭を、すべて弁護士が代理受領する点ではないでしょうか。<br />
　この件も、弁護士の口座に入金された賠償金の670万円を、弁護士が屁理屈を付けて返さなかっただけの話。この670万円が原告に直接支払われていれば問題は生じなかったはずです。弁護士が無茶な要求をしてきたとしても、突っぱねればいいからです。</p>

<p>　この代理受領は、弁護士業界の慣行のようです。おそらく弁護士会等が作成している依頼者との代理契約書の標準フォームに、代理受領する旨の条項が当然のように挿入されているのでしょう。</p>

<p>　しかしある意味でこの代理受領は、弁護士にとっても不幸な条項ではないでしょうか。なにせ自分名義の預金通帳に他人の大金が振り込まれてくるのです。凡人であれば、ついその大金に手を付けたくなってしまうでしょう。<br />
　もともと理屈を付けるのは得意です。となれば何やかにや理由を付けて返さなければいいわけです。依頼者がいくら悔しがっても、まず弁護士相手に裁判を起こすとは考えられません。仮にそうなっても、裁判官はおそらく弁護士の肩を持ってくれるだろうとさえ考えます。</p>

<p>　かといって最初から横領を企図する人はほとんどいないでしょう。しかし弁護士には金儲けの話もいろいろ入ってきます。となれば「少しの間こうした預かり金を投入・運用すれば...」などと考えても不思議ではありません。<br />
　うまい話はリスクが付きもの。下手をすれば元本まで失うことになりかねません。となればお金に窮してきます。この資金繰りが苦しいときに、また大金が振り込まれてくるわけです。これを「猫に鰹節」と評するのは言いすぎでしょうか。</p>

<p>　「弁護士は人格的に高潔からそのような心配は無用」、という反論が聞こえてきそうです。<br />
しかし恐縮ながら弁護士が高潔とは決まっていません。確かに弁護士は超難関な試験の合格者です。しかしそれは高潔であるかどうかと全く関係ありません。いろいろの場で「高潔であれ」と諭されているのでしょうが、そんな簡単な話ではありません。</p>

<p>推測するに、代理受領の条項は「弁護士は高潔である」という架空の事実を前提に定められているのでしょう。そしてそれが依頼者と弁護士の双方を不幸にしているように思います。<br />
はっきりいって、依頼者からすれば代理受領など無礼千万な規定です（おそらく弁護士は、成功報酬を請求する心理的負担から逃れたいのでしょう）。これは常識にも外れています。　<br />
代理受領方式は、さしたる必要性のないまま、大金を無担保・無保証で弁護士に預けることを意味します。これは不自然ですしそもそも危なくていけません。この代理受領方式はやめるべきであると思います。</p>

<p>ところで「横領」された670万円は、「被害者」に返還されるのでしょうか。しかしどうやら弁護士会は処分をしただけで、返還を強制するわけではなさそうです。この件に限らず、弁護士が大金を横領したまま破綻する（逃げてしまう）、というケースも少なからずあります。このような場合も被害者は泣き寝入りとなってしまいます。</p>

<p>そうであれば、弁護士会は弁護士が起こした不祥事から依頼者を守るための、損害保険制度を作っていただきたく思います。むろん強制加入です。何より今日、不祥事を誘引するともいうべき代理受領方式が行われています。被害者を泣き寝入り状態に放置していいとはとても思えません。</p>

<p>弁護士法には、弁護士の使命は「社会正義の実現」であると定めています。それには「隗より始めよ」。その意味から、代理受領方式の廃止と依頼者のための損害保険制度の創設をお願いするしだいです。<br />
以　上<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>施行後１周年の 裁判員制度の発展を願う　番外編（４／３）</title>
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    <id>tag:www.moritax.jp,2010://1.119</id>

    <published>2010-05-26T02:57:31Z</published>
    <updated>2010-05-26T02:58:25Z</updated>

    <summary>　裁判員制度施行後１周年を期とする、制度擁護・推進論の番外編（四回目）です。 前回は、「Ｃの主張」としての「法律判断は一般の人には無理で、われわれ専門家に任せるべき。素人の口出しも不愉快」といった法曹界の本音と思われるものを批判しました。 ...</summary>
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        <category term="裁判を斬る！" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.moritax.jp/">
        <![CDATA[<p>　裁判員制度施行後１周年を期とする、制度擁護・推進論の番外編（四回目）です。<br />
前回は、「Ｃの主張」としての「法律判断は一般の人には無理で、われわれ専門家に任せるべき。素人の口出しも不愉快」といった法曹界の本音と思われるものを批判しました。<br />
　今回は、刑事訴訟の真の改革を目指す極めて少数の弁護士等による「Ｂの主張」、すなわち「この制度は、公判前手続きをはじめ無実の人の弁護を困難にさせ、また市民を冤罪に巻き込むことにもなる。またこれには不当な規定も多い」という主張を題材とします。</p>

<p>　日々不当な冤罪事件等に立ち向かっている人たちは、「これでは被告の防御権が大きく損なわれてしまう」とこの制度を次のように批判します（「Ｂの主張」）。<br />
　「裁判員の負担を考えることにより、裁判審理は３～５日程度といった拙速となってしまう。何より公判前整理手続後に行われる公判では、審理迅速化のため新たな証拠調べを請求することができない」。<br />
被告人が無罪であれば自白内容と物的証拠等に矛盾があるはずです。従来は、公判の流れの中から新たな証拠を探し出し、それを根拠に検察の矛盾を追及していました。しかし新制度ではそれはできません。</p>

<p>　さらに批判は続きます。「新制度の導入には、誤判・冤罪の温床とされていた代用監獄の廃止、取調過程すべての可視化、すべての証拠の開示等が前提となるはず。しかしこれらは放置されたまま。<br />
　この他にも、過重な守秘義務、裁判員への死刑選択の強要、裁判員が強いられる大きな負担、さらにはこれらに基づく裁判員制度への世論の強い反発等あまりに問題が多い。よってこの制度は廃止すべき」というわけです。</p>

<p>　確かに私（刑事訴訟には全くの素人）が考えても、公判前整理手続による制限は防御権を損なうことになるように思います。これは明らかに裁判員制度のデメリットといえましょう。しかしそれ以外の点には納得がいきません。<br />
　まず代用監獄、密室での自白強要、恣意的な証拠の開示等は、法律業界が今まで放置してきた刑事訴訟の暗部に過ぎません。むろん新制度にはこれを悪化させる要素はありません。それどころか、裁判員という外部の目を意識することにより、捜査当局はこれらの改善を迫られているといってよいでしょう。またその他の点（一部後述）は、本質的な問題ではないように思われます。</p>

<p>さて今日の裁判につき、100点を満点とする採点（60点が合格ライン）を行いましょう。本来あるべき裁判であれば80点は取れるはずです。しかし現状「有罪率99.9％」に象徴される八百長裁判では、10点見当といった論外の水準といわざるを得ません。<br />
　一方、法律に素人である裁判員裁判は50点といったところでしょう。確かに先のご批判をも考えれば、合格点には届かないように思います。しかし法律は一般常識を文章化したようなものです。したがって一般常識を心得てさえいれば、ほぼ合格点に近い採点を得られるわけです。</p>

<p>以上のとおり現状の10点といった惨状に比べれば、50点の方がはるかに優れています。<br />
何より裁判にこうした外部の目が入れば、従来の八百長同然ともいうべき裁判は維持できません。前述のとおり捜査当局も対応を大きく変えることとなります。事実この裁判員制度導入で、いろいろの面（とりわけ最高裁判決）でいい方向への変化が出てきています。現に昨日の新聞（５月25日）も、裁判員制度の導入により刑事事件の保釈率が大きく改善したことを報じています。<br />
これが裁判員制度導入の最大のメリットです。私はこの制度は、裁判そのもの（さらにはこの国）を大変革させる起爆剤になると確信しています。</p>

<p>　しかし前回も述べたように、プライドの高い法律業界の専門家からみれば、裁判員制度は「不愉快な存在」であろうと思います。したがって現時点では立場上これを推進している最高裁・法務省・弁護士会等も、いつ豹変して廃止に持ち込もうとするか分かりません。<br />
さらに各行政庁は、この制度の対象が行政訴訟にまで拡大することを恐れているはずです。20件以上の行政訴訟を争ってきた私に言わせれば、今日の裁判所はまさしく「行政を守るための存在」です。その一方、行政訴訟こそ裁判員裁判に最適な制度です。ですから行政側にしてみれば、頼りの裁判所に公平な裁判をやられようものなら大変なことになってしまうわけです。</p>

<p>こうした背景から裁判員法（実質的な作成者は法務省）には、あえて不当と思われるような（中には嫌がらせ的な）規定が挿入されています。その最たるものは、刑事罰を含む異様に厳しい裁判員への守秘義務です。<br />
また思想調査にも思われる裁判所による「不公平な裁判をする恐れのある人」の排除規定も問題といえましょう。さらには裁判官と対等に渡り合えそうな職種の人（弁護士、司法書士、大学教授等）は当初から除外しています。審理過程で裁判官が議論を誘導していこうという姿勢の表れでしょう。</p>

<p>こうした意図的とも思われる点を含め、裁判員制度には少なからぬ問題点があります。しかし欠点のない制度はこの世には存在しないでしょう。したがって基本的には、メリットとデメリットのどちらが大きいかで考えるべきです。そして以上述べてきたとおり、圧倒的にメリットの方が大きいのです。</p>

<p>刑事司法を中心として、あるべき世の中を真剣に追い求めてきた人の少なからぬ方は、「裁判員制度は廃止すべき」と主張されているようです。しかし総合的な観点からみれば、そうした主張は明らかに誤りであると思います。<br />
したがって守秘義務等の制度の欠点を改善しつつ、裁判員制度は将来的に維持・発展させていくべきものと考えるしだいです。<br />
以　上<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>施行後１周年の 裁判員制度の発展を願う（３／３）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.moritax.jp/column/004/post-29.html" />
    <id>tag:www.moritax.jp,2010://1.118</id>

    <published>2010-05-24T02:59:19Z</published>
    <updated>2010-05-24T03:00:46Z</updated>

    <summary>裁判員制度施行後１周年を期とする、制度擁護・推進論の三回目です。 一回目には、裁判員制度反対論に次の３とおりの理由が示されていると述べました。 そして今までは、その「Ａの主張」への反論・批判を行っていたわけです。 　 Ａの主張として「裁判は...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.moritax.jp/">
        <![CDATA[<p>裁判員制度施行後１周年を期とする、制度擁護・推進論の三回目です。<br />
一回目には、裁判員制度反対論に次の３とおりの理由が示されていると述べました。<br />
そして今までは、その「Ａの主張」への反論・批判を行っていたわけです。<br />
　<br />
Ａの主張として「裁判は法律のプロに任せるべき。自分はそんな難しい判断はできない」といった、かなり多くの人の意見。<br />
Ｂの主張は「この制度は、公判前手続きをはじめ無実の人の弁護を困難にさせ、また市民を冤罪に巻き込むことにもなる」とする刑事訴訟の真の改革を目指す極めて少数の弁護士等によるもの。<br />
Ｃの主張は「法律判断は一般の人には無理で、司法試験をパスしたわれわれ専門家に任せるべき。そもそも素人に口出しされること自体が愉快ではない」といった法曹界による根強い本音の考えです。</p>

<p>　最初にＣの主張について。さすがにこうした主張はあからさまには出てきませんが、大半の「専門家」はこう考えているはずです。そしてこの発想はよく分かります。司法試験の難しさは半端ではありません。この難関試験をクリヤーした以上、専門家としての強いプライドを持つのは当然というべきでしょう。<br />
　しかしその地位はペーパー試験の成績によって得られたものです。となると合格者は一般に、その成績がより優秀な者だけがなることができる裁判官、ましてその裁判官の中での限られた勝者により構成される最高裁には、頭が上がらなくなるのでしょう。</p>

<p>　そして今日の裁判所の恐るべき堕落の元凶は、その最高裁（事務総局）にあります。あらゆる競争を勝ち抜いた超エリートとしておごり高ぶった彼らは、社会正義の実現や真実の発見もものかわ、「自身がいかに優越した心地よい人生をおくるか」を中心の課題と考えているようにすら思えてきます。そして「有罪率99.9％」の強要も、その手段のひとつを構成しているわけです。<br />
　<br />
　法律業界にいる人は、おそらくこうした実態に気づいているでしょう。とはいえ組織に帰属している裁判官や検察官はおいそれと動けません（懲罰人事）。しかし自由業の弁護士であれば、こうしたシステムへの是正に向けての行動は自由にできるはずです。<br />
　しかしそうした動きは全くといっていいほどみられません。確かにごく少数ながら「Ｂの主張」に勢力を注ぐ立派な弁護士はおられます。しかし果たして「行政訴訟を含む不当なシステム全般を糺すために体を張る」といった人はいるのでしょうか。そしてそうした人による行動・問題提起がないことが、世の中に司法の堕落ぶりを覆い隠しているともいえましょう。<br />
　むろんこうした現状を前に、良心的に悩んでいる弁護士は少なくないと思います。ただしそうした人は「既にガチガチに構築された現体制を、一介の弁護士がどうこうできるものではない」といった無力感に身を委ねてしまっているものと思われます。</p>

<p>いやむしろ多くの人は、難関試験の合格者としての個人的利益の追求に汲々としてようにみえてしまいます。少なくとも利益追求団体ともいうべき弁護士会は、（アリバイ的にはいろいろ言ったりやったりしているようですが）最高裁のペースに乗っているとしか思えません。</p>

<p>　繰り返しますが、今日の当局の捜査方法を含めた刑事司法は、社会通念はもちろん刑法にも明白に抵触しています。しかし「法律と実務は違う」という一声で、違法状態がまかり通っています。<br />
　「法律判断はわれわれ専門家に任せるべき」とおっしゃいますが、あからさまな違法行為に目をつぶるような「専門家」などには任してはいられません。「専門家による談合裁判」などに比べれば、社会通念・一般常識をベースとする裁判の方がはるかに勝るからです。</p>

<p>「素人に口出しされること自体が不愉快」は、法律業界の専門家の99％の人が持つ素朴な感情であろうと思います。超難関試験の合格者というプライドからすればそれは当然であると思います（私だってこの試験に受かれば、そう思うに違いありません）。<br />
ところが現時点では、今までの行きがかり上、裁判所や法務省さらには弁護士会はといった組織は、裁判員制度に賛成している体裁を取っています。しかし構成員個人の本音では廃止したくて仕方ないはずです。おまけに大半の世論もこの制度をかなり迷惑がっています。<br />
したがって何かのきっかけで、裁判員制度が批判を浴びることにでもなれば、一気に廃止にもっていかれかねません。</p>

<p>刑事司法の命綱ともいうべきこの裁判員制度は、実質的には政治家のリードにより創設されました。ところがその政治の世界も油断できません。つまり政治家の中には数多く弁護士出身がいます（現在の法務大臣も弁護士です）。となればこうした司法関係は、弁護士等の法律の専門家が担当することになりましょう。そして当然ながら、彼らも先の素朴な感情を持っているはずです。<br />
その意味から裁判員制度は、何かの拍子に廃止されてしまうような強い危惧を持ちます。ですからわたしは、本欄等でけんめいにこの制度の擁護・推進論を展開しているわけです。</p>

<p>　さてついつい力が入って、話が長くなってしまいました。したがって「Ｂの主張」については、次回の番外編（いわば４／３）に回させていただくこととします。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>施行後１周年の 裁判員制度の発展を願う（２／３）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.moritax.jp/column/004/post-27.html" />
    <id>tag:www.moritax.jp,2010://1.117</id>

    <published>2010-05-18T08:13:34Z</published>
    <updated>2010-05-18T09:10:53Z</updated>

    <summary>　裁判員制度施行後１周年を期とする、制度擁護・推進論の二回目です。前回は、極めて多くの人による次のような多様な反対論に関して論じました。つまり「裁判は法律のプロに任せるべきで自分には無理。忙しい中裁判所に呼び出されるのは迷惑」といった主張（...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.moritax.jp/">
        <![CDATA[<p>　裁判員制度施行後１周年を期とする、制度擁護・推進論の二回目です。前回は、極めて多くの人による次のような多様な反対論に関して論じました。つまり「裁判は法律のプロに任せるべきで自分には無理。忙しい中裁判所に呼び出されるのは迷惑」といった主張（Ａの主張）です。</p>

<p>これに対して前回は、まず「こうした主張は分かるが、それは現状の裁判がうまくいっているという前提のもの。しかしそれが全く達成されていない」とする私の反論を述べました。その上で今日の刑事裁判の惨状を紹介したわけです。今回はその続きです。</p>

<p>　さて、ほとんどの方は「有罪率99.9％」という数値はご存じなかったと思います（私も４～５年前にこれを知り、腰を抜かさんばかりに驚きました。なお被告人が否認している事案でさえ無罪率は３％以下です）。いったい「有罪率99.9％」はなぜ世の中の人に知られていないのでしょう。その最大の理由は、「大マスコミがその事実を隠しているから」であると考えます。</p>

<p>裁判員制度導入に関して、大マスコミはいろいろ報じてきました。しかしその最重要課題である「なぜ裁判員制度が必要か」に関しては、実質的に何も語りませんでした。「有罪率99.9％」（つまり裁判所の堕落ぶり）を明らかにしさえすれば、大半の国民は納得するはずであるにもかかわらずです（逆にそれが分からないからこそ、上記のようなＡの主張が主流となるわけです）。<br />
むろん「有罪率99.9％」を報じれば、皆が「裁判所は堕落・腐敗している」ことを知ります。権力への強い迎合体質を有する大マスコミには、これができないのでしょう。これほど多くの裁判員制度が報道されている中にあって、未だに「有罪率99.9％」は報じられていないのです。</p>

<p>　ところで多くの方は、「弁護士でもないあなたは、なぜそんなに裁判員制度（さらには裁判全般）に入れ込むのか」というご疑問をお持ちかも分かりません。<br />
　私の本業は税理士（兼不動産事業者）です。その本業の絡みで、土地の税務評価についての不当性を、役所を相手に裁判で争ってきました（その数20件以上）。<br />
そしてその過程で、「裁判所は行政訴訟で役所勝たせるための存在」であることを、イヤというほど知らされたのです。</p>

<p>さらにわたしは、「今日デタラメとも思われる行政が横行している最大の理由は、裁判所がそれにお墨付きを与えているから」、という点に気づきました。むろん裁判所が当たり前の判決を出せば、行政はガラッと変わるのです（一例を示せば、薬害が連綿と続く理由もこの点にあると考えます）。<br />
　そのうち刑事訴訟も全く同じ構図であることに気づきました。刑事訴訟は検察・警察を被告人とする行政訴訟そのものです。そして裁判所は役所（検察等）を守るべく「有罪率99.9％」を実行しているわけです。<br />
　<br />
　裁判員裁判は、デタラメな刑事訴訟を突き崩すことになりましょう。そうなれば、やがて本丸の行政訴訟がその俎上に上るはずです。それによりあるべき行政を実現させたい（この国を変えたい）。私にはこうした遠大な計画があるわけです（詳細は、拙著「裁判所の大堕落」ご参照）。<br />
　<br />
さて今日、電車内で「この人痴漢です」と言われてしまえば大変なことになってしまいます。駅員はすぐ警察を呼びます。警察に連れて行かれればもうおしまい。とにかく「すみません私がやりました」というよりほかありません。そうすれば（何かの罪になるとしても）何とか出してもらえます。<br />
くれぐれもその場で、「私はやっていない」などとがんばってはなりません。それをやると警察から何ヶ月も出してもらえず、解雇・倒産が必至となります。いうまでもなく「裁判官なら分かってくれるはず」は通用しません。「有罪率99.9％」なのです（下手をすると、「無罪の主張は反省していない証拠」などと言われ、実刑判決にもなりかねません。もう無茶苦茶です）。<br />
　<br />
われわれが満員電車に安心して乗ることひとつを考えても、裁判員制度の健全な発展が必須となります。それには一般常識から隔絶された世界にいる裁判官を、裁判員との会話等を通じて、一般社会に引き戻さなければなりません。<br />
皆さんには、こうした点のご理解をお願いするしだいです。<br />
つづく<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
</p>]]>
        
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